益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

高津

益田市で皆既月食を撮影してみた…が(2014.10.8)

2014年10月8日、今日は全国的に「皆既月食」。
日本全国で「皆既月食」があまねく見れるのは、2011年12月10日以来ということで約3年ぶりということです。
一昨日「皆既月食」情報を知り…当日の益田市の天気情報から「8日は、ほぼ晴れと確信」それなら…十分な準備で「皆既月食」を撮影したい!!と思いましたが…


実は、今夜は益田市の高津地区で地域の集まりがあり、20:00頃(ややピークをすぎての)「皆既月食」の撮影となりました。
早速ですが益田市で撮影した「皆既月食」の赤銅色の画像です。

「皆既月食かぁ…何もかも みな なつかしい…」


益田市 皆既月食2014年10月8日20:00ごろ

「皆既月食かぁ…何もかも みな なつかしい…」的な画像に…

って、ハイッ!! すいません。ぼやけてます。涙で眼が潤んだわけでなく…

ただ、ただ、撮影技術の未熟さによるものです。

「皆既月食」を上手く撮るのはかなり難しい…


「皆既月食」の撮影…これまでの月の撮影と違ってかなり難しい!!
被写体である「月」自体が暗いので、シャッターをきって撮影が終了するまで、時間がかかります。

この間、カメラをしっかり固定しておけないと…こんな結果になります。(シャッターボタンを押すだけでブレます)

益田市 怪奇月食


「お月様が分身の術!?」的に…怪奇月食ですネ(汗)

(息を止めて集中力MAXでも…上の2枚の画像…悲しいありさまです(涙))
※今夜をきっかけに、少しはまじめに撮影技術を学ぼう!というか、まずはマニュアルをしっかり読もうとしみじみ思いました。(ありがとう「皆既月食」♪)

ちなみに今夜の19:00前ごろはこんな感じに(普段通り)撮れています。

益田市 皆既月食2014年10月8日19:00ごろ


影の形をみると…「やはり地球は丸いのだなぁ」と実感できました。

上の画像とほぼ同じ時間帯に撮影した。
益田市の高津川にかかる土木遺産の「高角橋」と「月」

益田市 高角橋と皆既月食2014年10月8日19:00ごろs

やっぱり、ボヤケていますネ…(涙)。
今夜は今のところ散々です。

ですが!…今夜、月食が終わって、普通の満月に戻ったら、やってみたいことがあります。

テーマは「スーパームーンと普通の満月との大きさ比較」

(誰も今や、あまり関心ないとは思いますが…)頑張ります♪

編集後記…高角橋と月食中の満月

高角橋は、私が子どものころはコンクリートむき出しの灰色の橋でした。現在は、(おそらく風化対策のための)特殊な白色の塗料で塗られているというか…コーティングされています。当初この白色の塗装には違和感がありましたが、今回の皆既月食の際には色彩的に良いコラボになっていて気に入りました♪

益田市 高角橋と皆既月食2014年10月8日19:00ごろ 縦s

『正覚院』益田新四國八十八ヶ所札所 第29番(益田市 高津)

益田新四國八十八ヶ所札所の二十九番札所にあたる、


『西松山 正覚院』

実は、今回、ご案内いただいた方が、当地(益田市高津地区に精通しておられたので、教えて頂けたのですが)何も知らなくて、ここを訪れた場合は、名称もなにもわからない状態です(汗)。

西松山 正覚院

撮影当日の益田市はあいにくの「雨」…画像もいつか撮りなおしたいですネ。

後で調べてみたのですが…

正覚院については、高津町誌(第一章 郷土の歴史 103ページ)に以下のような記載があります。

山号 :西松山
宗派 :曹洞宗
寺格 :なし 妙義寺受持寺
直属本山:永平寺
所在地:高津町大字高津濱
開基 :観道智光尼  俗名 木村ミツ
本尊 :地蔵菩薩 延命地蔵ともいう。
脇立 :弘法大師 元木村智光尼祈念の尊像

境内 五十三坪(当初)

◆本尊 :地蔵菩薩 延命地蔵

地蔵菩薩 延命地蔵


 

※現在は5~6坪程度…とても五十三坪という広さは実感できませんでした。
(「西松院 正覚院」の当初の姿は、一体どのようであったのか…)


正覚院の由緒については「高津町誌」に記載があります。
(正式な「正覚院由緒」は現在、海雲寺さんが所蔵しているそうです。)

※因みに、ここ『正覚院』は益田新四國八十八ヶ所札所 第28番札所とのことです。

当地は「瑞雲山 大龍寺」から歩いて1分程度です。

「高津の連理松」の最古の画像を発見(高津町誌より)

益田市の高津 浜地区には、かつて「連理松」という珍しい樹形をした「松」の木がありました。
この松は、平成15年3月に「松くい虫」の被害で枯れ「伐採」されたため、現在は、その姿をみることはできません。

しかしながら、現在、当地には「高津の連理松」と銘うった「遺跡」的な感じでその記録が残っています。
⇒今はなき「高津連理の松」とその思い出(益田市 高津 浜地区)

実は、この「連理の松」の(私が知る限り)最古の画像(写真)を発見しました。

出拠は『高津町誌』(正確には、復刻版『高津町誌』)からです。

高津の連理松 最古の画像 昭和10年代前半


益田市の『高津連理の松』についての情報は以下のページ(リンク)に記しています。
⇒在りし日の「高津連理の松」の樹齢・太さ・高さ(益田市 高津 浜地区)
かなり周辺の感じが違いますね。

この画像(写真)の撮影時期についての考察
さて、この画像(写真)、一体、いつ頃撮影されたものなのか?
画像の下に「連理松(天然記念物)」という記載が確認できます。

そして、現在確認できる正確な記録は以下の2点。

①「高津連理の松」が我が国の天然記念物に指定されたのが昭和9年。天然記念物 高津連理ノ松(昭和九年八月九日 文部省告示第二三五号)
②今回の画像の出拠『高津町誌』が完成(出版)が昭和12年。
この2つの信頼できる情報から、昭和10年前後に撮影された「高津連理の松」の(生きのいい)姿と推測できます。


★「連理」の意味については、
⇒「連理の松」の「連理」等、名前の意味を知る(益田市『高津連理の松』遺跡)
をご参照ください。

「連理の松」の「連理」の意味を知る(益田市『高津連理の松』遺跡)

益田市の高津 浜地区にあった「高津連理の松」

1934年(昭和9年)8月に国の天然記念物に指定~2003年(平成15年)3月に松枯れで伐採。
さて、この松の名称にある「連理(れんり)」という言葉の意味。あなたはご存知でしょうか!?

現在、この地には「高津連理の松」のことを記した「石碑」と「説明板」があります。

・石碑は1973年(昭和48年)3月に設置されたもの。
・説明板は、内容からして「高津連理の松」伐採後、2003年(平成15年)以降に設置されたもの(と思われます。)

そのどちらにも「連理」という言葉の意味について解説がありました。
①まずは、益田市教育委員会により1973年(昭和48年)3月に設置された石碑

高津連理ノ松 石碑 益田市教育委員会


天然記念物
高津連理ノ松(昭和九年八月九日 文部省告示第二三五号)

連理の理は木目、連理とは木目をつらねる意味で比翼連理ということばがあるように夫婦仲のむつまじいことの象徴。この連理の松は南株の一枝が伸長して北株の幹に接触し、その部分の樹皮を剥いでついに合着したもので、完全な連理をとげている点において学術上貴重なものとされている。

昭和四十八年三月吉日 益田市教育委員会

②新しい方の案内板(「高津連理の松」)の当該部の記載
連理の理は木目、したがって連理とは木目を連ねる意味で比翼連理ということばにあるように二本の松が寄り添う姿から、古来から地元の人々からは夫婦松として崇敬され、益田の観光名所のひとつとして広く親しまれてきた。

高津連理の松 説明内容



私は平成時代には、千葉・東京で暮らしていたため、この松の最後の時期は目にする事はできませんでした。
でも、「高津連理の松」が元気な姿は、子どもの頃(昭和時代)は何度も目にしています。

石見交通のバスから、この松の姿を目にするたびに、「あっ、連理松が見えた!!」…と声に出していました。

そして、実は、私…「連理」という言葉の意味は…今回の取材で初めて知りました。

在りし日の「高津連理の松」の樹齢・太さ・高さ(益田市 高津 浜地区)

益田市、高津浜地区にある「高津連理の松遺跡
(※現状については下記リンク先に掲載しています。)
>>今はなき「高津連理の松」とその思い出(益田市高津浜地区)

今回は、当地の案内看板より、「高津連理の松」の大きさ・樹齢等の数値データと略歴(国・天然記念物(植物)指定~伐採まで)について。

高津連理の松 説明


高津連理の松 説明内容


高津連理の松

 高津連理の松は、高津浜地区に鎮座する琴平神社の境内にあり、黒松の枝が地上約4.5mのところで隣接する他の黒松の幹とほとんど水平に合着して完全な連理を遂げている点が学術上有益で、樹齢は三百年ともいわれる二本の松の間隔は1.5mほどで、北側の松の胸高周囲は1.9m、南側は2.5m、松の樹高は、およそ24mであった。(※中略)
 このたび、松喰虫の被害によりやむを得ず伐採し、高津連理の松は、その生涯を終えましたが、高津地区のシンボルであった雄姿が末永く後世に語り伝えられることを念願します。

昭和九年八月 国・天然記念物(植物)指定
平成九年八月 高津連理の松の一部を伐採
平成十年一月 国・天然記念物(植物)指定解除
平成十五年三月 高津連理の松伐採

※中略とした部分…「高津連理の松」の「連理」の意味については
>>「連理の松」の「連理」の意味を知る
をご参照ください。