益田市の比礼振山(権現山)からの益田十景の風景。

今回も肉眼の域を超えています。

比礼振山(権現山)標高359mの山頂から益田市沖の日本海に浮かぶ「高島」の画像。

画像は編集済みです…
益田市の比礼振山(権現山)より高島s

今回はこの高島の右端(矢印付き)O内に気になるものが見えました。
よくみると「黒い突起状」のモノが見えますか!?

この部分を倍率MAXで撮影してみました。
益田市の比礼振山(権現山)より高島 腰掛岩の風景

どうやら巨石です…椅子のように見えませんか?…「腰掛岩」というそうです。
画像は編集していませんので、ボケていますね。

思いっきり、画像編集してみましいた。(ほとんど絵のような感じですw)
益田市の比礼振山(権現山)より高島 腰掛岩2の風景

高島の「腰掛岩」です(だと思います)デカい椅子(腰掛)ですネ。高島に巨人伝説があったら…w

益田市の高島にある「腰掛岩」の画像を、とある書籍にて発見しました。
謎の高島 腰掛岩

う~ん間違いないように思えます。

この、「とある書籍」とは…『謎の高島』というものです。

前回もお伝えしましたが)われら益田市の至宝!当市の歴史上の最高の名誉市民といえる「矢富 熊一郎」先生の著書でございます。

謎の高島

私が保有している『謎の高島』は、
益田市郷土文庫による復刊版(平成元年1月11日)
です。

ちなみに『謎の高島』は「昭和16年9月23日に脱稿していたが、昭和24年8月10日やっと日の目をみている。」ということです。(本書「謎の高島」の復刊版のあとがきにあたる矢富巌夫 先生の「解説 高島夜話」より引用)

益田市の高島が完全な無人島になったのが1975年(昭和50年)の3月。この書籍『謎の高島』は、昭和16年9月に脱稿といいますから、高島が無人島化する約60年前に完成していたわけです。

私が、初めて「謎の高島」という著作を知ったのは中学2年ごろ(昭和50年代)…しかも、それはガリ版刷りでした。
今では、ガリ版刷りはさすがにないでしょうが、当初の「活版印刷」の『謎の高島』は益田市立図書館や、高津の公民館(高津地区振興センター)にありますよ♪