益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

益田市

島根県立万葉公園の花ナウ「花菖蒲」2015年5月26日(益田市 高津)

島根県の益田市にある「島根県立万葉公園」内の「万葉植物園」に「花」を探しに行ってきました。

健康増進というか、足のリハビリがてらの運動のためですが…

ここ(万葉植物園)は何時いっても、なんらかの「花」に出会えます…それが「万葉植物園」が面白いところなのでせう。
それと、こんな広大な公園を管理されているスタッフの皆様には敬服しています。

で、今回の「花ナウ」は「ハナショウブ(花菖蒲)」でございます。

ハナショウブ 島根県立万葉公園 万葉植物園 益田市

場所は島根県立万葉公園内の「万葉植物園」

島根県立万葉公園 万葉植物園 全図 益田市


おっと、これではわかりにくでしょうから

島根県立万葉公園 万葉植物園 ショウブの場所


万葉植物園のこの場所にハナショウブが咲いています。

万葉植物園の小川(この日は水はなし)…湿地に育っていました。

近くに、以下のような案内がありました。

札 ショウブ 菖蒲 万葉植物園 島根県立万葉公園 益田市


現代名 ショウブ
万葉名 あやめぐさ

水辺に生える多年草。全草に香りがあり、端午の節句には根茎や葉でしょうぶ湯をたてます。 (サトイモ科)


こちらの案内はサトイモ科(もしくはショウブ科)のショウブ
学名は「Acorus calamus」のものでした。


今回の画像はハナショウブ(花菖蒲)で学名は「Iris ensata var. ensata」…アヤメ科です。

ショウブ 菖蒲 万葉植物園 島根県立万葉公園 益田市2

ショウブ(Acorus calamus)とハナショウブ(Iris ensata var. ensata)…葉は似ていますが花はかなり異なります。

最後に、おまけ的に・・・今一度、ハナショウブ…赤い虫付きです♪

ハナショウブ 花菖蒲 万葉植物園 島根県立万葉公園 益田市


島根県立万葉公園の「人麻呂展望広場」を楽しむ(益田市高津)

益田市の高津にある「島根県立万葉公園」。
広大な公園で、総面積は48.4haといいいます。
(※面積は公園管理センターの方から教えてもらいました。)


「万葉」という名がつく公園なので、公園内にはいたるところに万葉集にある数々の古の歌がしるされた立札があります。

不思議なもんで、自分がよく知っている歌をみつけると、なんとなく親しみが持てるものです。
その歌がつくられた背景とか周辺知識がぶわっと頭の中に広がってくるんですネ♪


「島根県立万葉公園」には、テーマを持った「広場」がいくつかあります。
今回、注目したのは「人麻呂展望広場」…人麻呂に関連する35(首)の石の歌碑が集められています。

まずは、広大な「県立万葉公園」内での「人麻呂展望広場」の場所

人麻呂展望広場の場所 島根県立万葉公園 (益田市)


「人麻呂展望広場」の場所、上の案内板を部分拡大してみましょう。

人麻呂展望広場 拡大 島根県立万葉公園 (益田市)


「人麻呂展望広場」入り口はこんな感じ…

人麻呂展望広場 入口 島根県立万葉公園内


「人麻呂展望広場」とは!?

島根県立万葉公園の「人麻呂展望広場」とはいったいどんなコンセプトで造られたのでしょうか?
「人麻呂展望広場」にはこの広場だけを特集したガイドパンフレットがあります。

島根県立万葉公園 人麻呂展望広場 パンフレット


このパンフレット内にわかりやすい説明がありました。


人麻呂展望広場
 この広場には「歌聖・柿本人麻呂」が天武・持統朝時代(七世紀後半)に大和で宮廷歌人として詠った歌、人麻呂や地域にゆかりのある歌の中から三十五首を歌碑として配置しています。歌碑は島根県産の福光石の板に彫り込んでいます。広場は万葉集にちなんだ植物や石によって人麻呂の旅した山河や、石見の風景を表現しています。また広場からは石見の雄大な海をはじめ、万葉集に詠われた山々を望むことができます。

 万葉の花や美しい景色を楽しみながら、ゆったりと人麻呂の歌心にふれてみませんか。


    パンフレット:『島根県立万葉公園 人麻呂展望広場「柿本人麻呂の歌の世界にふれる庭」』より


「人麻呂展望広場」の構成について


人麻呂展望広場の構成 島根県立万葉公園 益田市t

パンフレット内のイラストをみると、「人麻呂展望広場」は「大和・旅の広場」と「石見の広場」の2つの広場で構成されていることがわかりました。


それぞれの広場にある「歌(歌碑)」は

・大和・旅の広場…人麻呂が宮廷歌人として大和で詠った歌、旅の途中で詠った歌
・石見の広場…人麻呂が石見で詠った歌をはじめ、島根にちなんだ万葉歌

という考え方で分類され集められているといいます。


私論「人麻呂展望広場」の楽しみ方

「人麻呂展望広場」は、歌碑を楽しみながらゆったりとすごす場所です。
万葉の時代をある程度もった人が数名で、一つ一つの歌碑を前にして、歌にかかわること…解釈からはじまり作者の事や時代背景について「語り合う(知識を交換する)」…なんて楽しみ方ができたら、それはそれは最高の時を過ごせると思いますぞ。


おまけ…「人麻呂展望広場」…豆知識

ここまで、読んでくれた方へのささやかな感謝の気持ちとして「人麻呂展望広場」豆知識。

歌碑は「福光石」でできている

ここの歌碑の素材は「福光石」…。(これはパンフレットを見なかったら知ることもなかったでしょう♪)


ちなみに、「福光石」は「ふくみついし」と読むそうです。島根県大田市温泉津町福光が産地とのこと。
また、世界遺産「石見銀山」の「五百羅漢」のすべての羅漢像、そして「五百羅漢」にある3つの石橋、ともに福光石でできているそうですよ♪


柿本朝臣人麿獻泊瀬部皇女忍坂部皇子歌


パンフレット:『島根県立万葉公園 人麻呂展望広場「柿本人麻呂の歌の世界にふれる庭」』で、この歌碑(三番歌碑)は、万葉集2巻194とあります。


島根県立万葉公園 人麻呂展望広場 歌碑三番 



題詞 柿本朝臣人麿獻泊瀬部皇女忍坂部皇子歌 ですネ♪

県立万葉公園「人麻呂展望広場」の万葉仮名の歌碑(益田市にて)

先日、益田市高津にある島根県立万葉公園の「人麻呂展望広場」という場所に行きました。

※ヒトマロの表記はこの広場では「人麻呂」で、益田市で好まれる「人麿」ではありません。
(個人的には、柿本人麻呂の表記の方を好みます。)


島根県立万葉公園の「人麻呂展望広場」パンフレットを読んでみたところ、この広場には全部で35の自然石の歌碑があるそうです。

島根県立万葉公園 人麻呂展望広場 パンフレット

碑に刻まれている「歌」は、この地に合わせ、万葉集、人麻呂の歌を中心となっています。


この広場の奥の四阿(あずまや)に進むと、とある歌碑が目に入りました。

人麻呂展望広場 稲岡耕二氏 自筆の歌碑の場所

理由は…

稲岡耕二氏 自筆の歌碑 小竹之葉者


小竹之葉者 三山毛清尓 乱友 吾者妹思 別来礼婆  
柿本人麻呂


この歌碑だけが「万葉仮名」で文字が刻まれているんですネ。

(万葉集は原文…万葉仮名で感じるのが一番!と思っていますので「これは、イイね♪」って思うわけですよw…初心者はちょっと苦労はしますけど)


で、気になったので、この「万葉仮名」の歌碑につて調べたところ、かの稲岡耕二先生による自筆の歌碑であることがわかりました。

パンフレットには以下の説明がありました。

稲岡耕二氏自筆の歌碑
東京大学名誉教授。柿本人麻呂研究の第一人者であり、多くの著書も出版している。平成十一年万葉公園「まほろばの園」の竣工を記念して設置した稲岡氏自筆(万葉仮名)の歌碑を移設したもの。

パンフレット:『島根県立万葉公園 人麻呂展望広場「柿本人麻呂の歌の世界にふれる庭」』より



稲岡耕二先生の著書は、

万葉表記論 、人麻呂の表現世界等々「歌」そのものの表記、構造についての詳細な解析的内容が多く、読み手側にもある程度の専門知識と集中力がいります。(益田市立図書館にも何冊かありますよ♪)

ただ、『王朝の歌人 柿本人麻呂 集英社 1985年4月25日』に関しては、柿本人麻呂の伝記的内容です。

王朝の歌人1柿本人麻呂 稲岡耕二


この本は、気楽に読めて、内容も面白かったなぁ…という記憶があり、今回を機会に再読しています。

鳥詠む 小竹之葉者

益田市の竜巻雲の傾向…過去画像で偶然発見した空中竜巻(益田市高津)

前回、益田市沖で2012年9月2日に発生した竜巻(中規模)の画像群が見つかった!ということで投稿したのですが…

⇒益田市の竜巻(2012年9月2日)発生~成長の風景画像

今回は、全く別の日、2012年の9月の竜巻から約3ヶ月後の2012年12月12日の夕方4時ごろに益田市で発生した竜巻(空中竜巻(ファネル・アロフト))の画像の投稿です。

ネット初公開です♪

※わたくし的には、「2012年9月2日の益田市沖の竜巻」の投稿画像と同等の価値を感じております。


では、早速画像です。

空中竜巻 益田市高津20121212


あっ、わかりにくいですか…では、拡大してみましょう。

空中竜巻 益田市高津20121212ss


さらに、画像処理をしてみました。

空中竜巻 益田市高津20121212s


空中竜巻の輪郭がわかりますよね。


「空中竜巻の輪郭?どこじゃ!」という人もいるでしょうから・・・念のため色をつけておきましょうネ↓

空中竜巻 益田市高津20121212c



実は、これらの画像を発見したのはつい3、4日前。

(益田市に戻ってから、これまで撮影した画像の整理中に偶然発見しました!)


デジカメのズーム画像あっての発見ですが、撮影当時は、肉眼では見えなかったこともあり、ほったらかしにしていました(汗)


で、参考までに、竜巻雲(空中竜巻(ファネル・アロフト)が発生している可能性がある雲姿がコレ↓

空中竜巻雲 益田市高津20121212

あまりうまく表現できないのですが…例えるなら

逆さのイソギンチャクがキュット触手を縮めた瞬間のような姿の雲」なんです…

このような独特の特徴がある雲ですが、益田市の空でも益田市沖でも、たまにですが見ることができます・・・見たことないですか!?

芯(空中竜巻)の部分は、透明なので、肉眼ではまず確認できないんですよね。


これからは、念のため、気付いたらデジカメで撮影しておくことにしました。

益田市の竜巻(2012年9月2日)発生~成長の風景画像を発見

先日、益田市に戻ってから、これまで撮りためてきた画像の整理をしていたら、

2012年9月2日の益田市の竜巻画像を発見したので、今後の益田市での珍しい自然現象の資料になると思い投稿してみました。

今回の画像群を「益田市でおきた自然現象の資料」という表現をしたのは、この時の竜巻の発生時から成長までを撮影しているという面で「資料価値」があると思ったからです。


では、早速、益田市の竜巻(2012年9月2日)の画像

益田市海上竜巻2012年9月2日


この竜巻の規模は、関東平野で見るような巨大なものではなく、かといって、学校のグラウンドで、テントをもちあげる程度の小規模なものでもない…中規模の竜巻です。


発生前の雲の様子。

竜巻雲全体 発生前


竜巻発生前の雲の状態です。…形状・色は資料価値があると思います。

黒雲1発生前


かなり暑い日だった記憶が・・・。益田市の風力発電の風車の先に、異様に黒く、イソギンチャクを逆にしたような雲が…「なんじゃ!?あの雲は!!」…すぐに現場(風車)に向かいました。


当初は、異様・異形の黒い雲でしたが、特別な現象はなく、しばらく眺めていたら、飽きてしまい。
風力発電の風車の羽を眺めておりました。


「さて、もう飽きたんで帰ろうか…」

と思って、今一度、異様・異形の黒い雲を見てみると!!

一本の、白い筋状のモノが発生・・・

直観的にわかりました…「竜巻だ!!」


①空中竜巻(ファネル・アロフト)
これが発生当初の画像です。

誕生 益田市竜巻


まだ空中竜巻(ファネル・アロフト)、細く白い筋です。
拡大してみましょう。

誕生 益田市竜巻 拡大

この空中竜巻(ファネル・アロフト)、細く白い筋はしばらくすると、海面まで成長…海上竜巻(シースパウト(seaspout))になりました。


②海上竜巻、シースパウト(seaspout)
最初は空中にあったこの竜巻は、次第に尾を伸ばす感じで成長していきます。

益田市水上海上竜巻 黎明
画像、高島の左下あたりに海面にかすかな(白い皿のような)飛沫(しぶき)がみえます。


海上竜巻、シースパウト(seaspout)に進化してからは、どんどん急成長、巨大化していきます。

益田市 水上 海上竜巻 サイズアップ

竜巻が伸びた水面には激しい飛沫(しぶき)があがっていました。


③多重渦竜巻(マルティプルボルテックス・トルネード)現象もおきました。

多重渦竜巻フー子出現!


※本体竜巻の左斜め上に、別の小さい竜巻(空中竜巻)が発生しています。

多重渦竜巻(マルティプルボルテックス・トルネード)は基の竜巻の周りに小型の竜巻が発生する現象なのですが…この日は小型の竜巻が基の竜巻の周りを回転しながら吸収されていくシーンも見れました。

多重渦竜巻フー子もみ合い 益田市


で、この竜巻、いよいよ上陸か?「ヤバイ!!」…陸上竜巻(トルネード(tornado)もしくはランドスパウト(Landspout))になるのか!?と思いましたが…小さい竜巻をのみこんだ直後から、急激にパワーダウンした記憶があります。

フー子もみ合い 最終 パワーダウン益田市


大小2つの「竜巻」は回転方向が同じなので、接触面では、相手の回転力を打ち消す形になります。コマがぶつかった時と同じですね…この竜巻本体もちょと砕けた感じがしませんか?

と、理屈を考える一方で・・・「「ドラえもん」てんとう虫コミックス6巻「台風のフー子」の実写版じゃ!!」と古い記憶がよみがえっていました。

この竜巻はまもなく、砂浜に到達し、黄色い砂塵を巻き上げてから十数秒後には消えてしまいました。
(※実はこの竜巻の上陸直後にデジカメのバッテリーが切れました(涙))

徳川夢声さん「石見第三の句碑」を訪ねて(津和野町日原(にちはら))

徳川夢声さんの句碑は島根県の石見地方では2つあることをご存知の方は多いはず。


1つは益田市の「辻の宮八幡宮」境内にある 「送り火のけむりに何をみつむるぞ」
⇒徳川夢声、益田市の「送り火のけむりに何を見つむるぞ」の謎

2つめは津和野町の津和野大橋のたもとにある 「山茶花の雨となりたる別れかな」
⇒徳川夢声さんの益田市と津和野町の2つの句碑に思う

ですネ。

ところがです!ところがですよ!昨夜(2015年5月7日)の事なんですが…

「徳川夢声の句碑ねぇ…たしか日原(津和野町)にもあるよ♪」

と、さらりと教えてくれた方が益田市におられました!!
(※日原は「にちはら」と読みます。念のため…)

その方は、益田市在住で私が尊敬する大先輩。しかも、徳川夢声さんの東京の事務所におられ、「生」徳川夢声さんと会話をした経験をお持ちの方です。


「えっ!?マジですか?徳川夢声については、最近かなり調べているんですが…そんな話は聞いたことがありません。…場所は日原のどこですか?」


大先輩:「はて、それはわからん?」


「えっ?…でも、なんか手掛かりは?」


大先輩:「う~ん…それがネットでもわからん、でとらんのよ画像とか」


「なら、明日、日原に探しに行こうと思うのですが、一緒に行っていただけませんか?」


大先輩:「ああ、ええよぉ…」


というわけで、早速本日、津和野町日原に行ってきました。


大先輩は、益田市だけでなく、津和野町にも豊富な人脈をお持ちの方なので、日原に着いて、ほんのわずかの間、ちゃちゃっと数名に携帯で尋ねてねぇ・・・目的の場所を割り出してくれたんですよ・・・まるで、仙人みたいなお方です♪

(と、かなりひっぱりやしたが…)

これが津和野町日原にある徳川夢声さんの句碑。徳川夢声さんの「石見第三の句碑」です。

これはこれ日本一の鮎どころ


これはこれ日本一の鮎どころ



おおお!この句碑には(説明とか案内板はないけど)徳川夢声さんのサインがしっかり確認できます♪
ウェブ(ネット)上ではおそらく初公開になります。

津和野町日原 徳川夢声 これはこれ日本一の鮎どころ


わかりやすい句なので、見るだけで、伝わりますよね。


高津川の鮎が激ウマ!!という徳川夢声さんの素直な感動が♪

おまけ的ですが…鮎のオブジェも拡大でどうぞ!!

アユ


徳川夢声さんの「これはこれ日本一の鮎どころ」の句碑の場所について
googleさんのSVを掲載しておきます。


【投稿後記】
※ただねぇ…またまた、私の癖、性癖に近いものですが…この句についてもっと調べてみたくなりました。何かわかったらまた報告しますけぇ♪

徳川夢声さんの雑記・雑俳二十五年にあればいいのですが…

txt


【追記:2015年5月12日】

徳川夢声さんの「これはこれ日本一の鮎どころ」が、雑記・雑俳二十五年にあればいいのですが…と、益田市立図書館にて雑記・雑俳二十五年を1ページずつめくりながら探してみましたが、見つけることはできませんでした。

【追記2:2015年5月29日】

本記事を投稿後、津和野町の専門の方にこの句碑に関して「どんな些細な事でもいいのでお教えいただけませんか?」との旨、情報をお願いしました。・・・結果、数日前ですが、お返事をいただくことができました。

この徳川夢声さんの句碑は、
・平成12年(2000年)に建立されたもので、旧日原町時代であることがわかりました。

・句碑建立の経緯としては、堤防整備事業にともなったもので、「歩道…ウォーキングコース、遊歩道もつくろう」という企画にあわせ、そこに(遊歩道)に高津川漁協にちなんだものとして発案・設置されたそうです。

堤防整備の記念として、「徳川夢声さんの句碑」が建立されたわけです。

以上の情報をわざわざ調べてご連絡くださった、津和野町の教育委員会のお方には大変感謝しております♪

益田市 島根県立万葉公園の「三葉躑躅」と「朴の木」と

益田市高津の「島根県立万葉公園」。その「万葉植物園」…


数日前(4月末か?)


「万葉植物園...5月初旬での見ごろの「花」は何ですのん?」

と万葉公園の事務所に尋ねたところ、

「三葉躑躅(ミツバツツジ)と朴の木(ホオノキ)です♪」と…

うん?「三葉躑躅」?、今頃だっけか?…と疑問は若干ありました。


本日(2015年5月5日)、天気も良く、そこそこの青空だったので観賞しに行くことにしました。


糸トンボ カット


まずは、「朴の木」と「三葉躑躅」の場所の確認しました。



島根県立万葉公園内「万葉植物園」での植物の探し方



万葉植物園のこの看板は便利です♪

万葉植物園 益田市高津s

上の看板の下の部分には、植物名が「あいうえお」順になってまして…興味のある植物名をみつけたら、その番号を確認します。

島根県立万葉公園 万葉植物園 朴の木と三葉ツツジのナンバー


ホオノキは87、ミツバツツジは91です。

そして看板内の番号を探しだせさえすれば(バラバラなもんで結構、時間はかかりますが)…だいたいの場所がわかるんです。

益田市 万葉植物園 朴の木と三葉躑躅の場所


で、「三葉躑躅(ミツバツツジ)」と「朴の木(ホオノキ)」の場所を確認した上で、いざ現地へ!!


まずは「朴の木」

ほおのき 木 島根県立万葉公園 万葉植物園

あれっ?花が無いです。変ですねい?この時期?
でも、根元には「ほおのき」とする看板が…

ほおのき


でも、「朴の木」の葉、さすがに素晴らしい!!

朴の木の葉


東京のそこそこの料亭での接待(数回ですが)・・・「朴の木」、その葉の実用性を実体験していますもんで(なつかしい~♪)


しからば…「三葉躑躅(ミツバツツジ)」はどうかいねい…


お次は、「三葉躑躅(ミツバツツジ)」!!


「三葉躑躅」の花が5月に…万葉公園事務所からの情報でしたが…これは、最初っから怪しかった…
私の記憶では、ここ益田市の島根県立万葉公園。

初めて「三葉躑躅」を見た時の記憶…3月か4月初旬か?…体感的記憶に「肌寒かった時期」というがありましたもんで。

時は5月、ここは益田市…やはり!見事に花はありませんのう…。

三つ葉躑躅の葉


花は無し!じゃが(でも)、森の精霊が現れた…


でも、さすが高津柿本神社の「元」鎮守の森への純信な輩にならば、この「残念」をフォローをしてくれるもんがいるんです♪・・・「元」鎮守の森に精霊が現れました。

精霊糸蜻蛉(イトトンボ)♪


糸蜻蛉…最初は、警戒されて、撮影しようとするとパッと飛んで行ってしまうんでが…


ここの糸蜻蛉、馬鹿ではないようです…蜻蛉(トンボ…せいれい目)、きっとこのような場では精霊の類なのでせう。


「おまえの綺麗な光を撮らせておくれよ♪」 という思いが伝わったのか…
しばらく、じっと姿を見つめていると、

「ほお、ならば好きにせい」・・・的な雰囲気になり近接(マクロ)で撮れました♪

糸トンボ 島根県立万葉公園20150505


ほおといふ はなおもへども みつはばに
                                          あらはれたるるは いとしせひれい


ありがとう♪

ちなみに、この日より数日前に、高津柿本神社の「朴の木」は花が咲いていました。

高津柿本神社 朴の木

益田市立歴史民俗資料館と激似の建物を津和野町で発見

益田市立歴史民俗資料館は平成8年(1996年)に国登録有形文化財に認定されている建物で、益田市の貴重な歴史的建造物の一つです。

益田市歴史民俗資料館 左前面斜め下


今回のお話しは、先日(4月29日)津和野町での出来事が発端です。(実は30年ぶりでした…津和野の町内を「歩いた」のは…)


殿町通りを津和野駅方面から南に向かって歩いていると、古い立派な門(大岡家老門)が見えてきました。

「あれ?あの門の奥に、どっかで見たことある建物がある!?…
というか、益田市のあの建物と激似(そっくり)ではないか!?」


と不思議な気持ちになりました。

大岡家老門の奥に見えた、その建物の姿がこれ!↓

津和野町役場 津和野庁舎 大岡家老門


この建物の正面玄関を見てみると…

津和野町役場 津和野庁舎 玄関


津和野町役場津和野庁舎であることがわかりました。

津和野町役場 津和野庁舎 玄関up


(本建物内には「津和野町教育委員会」「津和野町福祉事務所」も一緒になっているようです。・・・「つわみん」という、ご当地キャラがあるようです。~センス、いいね♪)

話しを戻しましょう・・・庁舎手前の庭から、撮影した画像です。

津和野町役場 津和野庁舎


それでは、確認してみましょう♪

益田市立歴史民俗資料館をほぼ同じ角度からの画像がコチラ↓

益田市歴史民俗資料館 比較用


どうですか?益田市立歴史民俗資料館と激似(そっくり)ですよネ!?

早速、中に入って、お尋ねしようと思ったのですが、この日は4月29日で祝日、昭和の日、当然お休みでした。


益田市に戻ってからも、この件が、とても気になったので、昨日、益田市立歴史民俗資料館と津和野町役場津和野庁舎に電話して尋ねてみました。

結果、益田市と津和野町の2つの建物について、とても興味深いお話を聞くことができたのです♪

その内容とは!?

つづきは、コチラ↓↓↓
⇒平等院鳳凰堂と美濃郡役所と鹿足郡役所(益田市と津和野町)

【おまけ…大岡家老門】

津和野町 大岡家老門

徳川夢声さんの益田市と津和野町の2つの句碑に思う

益田市、縁(ゆかり)の歴史上の人物の一人「徳川夢声」。

徳川夢声さんが郷土、石見地方に残した句碑は2つ。

一つは、生誕地、我ら益田市の「辻の宮八幡宮」境内にある


送り火のけむりに何を見つむるぞ 

徳川夢声の句碑up


昭和42年(1967年)12月9日に建てられたそうです。

送り火のけむりに何を見つむるぞ


はて?「益田市制15周年記念」としての記念的かつ象徴的なはずの碑に「送り火…」


なにか深い意味があるのでせうか?・・・「益田市制15周年記念」としてのこの句の位置づけは、言及することは避けてw…この句についてはわかったことがありました。

コチラのページでお伝えしています♪
⇒徳川夢声、益田市の「送り火のけむりに何を見つむるぞ」の謎


そして、


もう一つは津和野町にあるという句碑。


昨日(2015年4月29日)私は、津和野町にあるという徳川夢声さんの句碑を探しにいきました。

場所はある程度限定できていました。津和野大橋のたもとということです…


津和野町にはいって、当地に一番近いと思われる、多胡駐車場(有料、1日400円)に車をとめ、徒歩にて津和野大橋に向かいました。

ありました!すぐわかりました。場所は。

津和野 徳川夢声 山茶花句碑

山茶花の雨となりたる別れかな


と書いているはずですが…

津和野 徳川夢声 山茶花句碑UP


今や見えにくい状態です。
案内板も1/4が消えています…

徳川夢声 津和野 山茶花句碑 案内板


この句碑が建てられたのは、昭和33年(1958年)4月16日とのことです。当日の津和野での除幕式の際、徳川夢声氏はこう語ったというのです。


「津和野の士族屋敷には、たいてい山茶花があり、私の母の家(天野家)にもあって、山茶花の咲くころにはそのことを思い出す。先年ちょうど山茶花咲く津和野へ来て、花草会(津和野の文化グループ)の人々に見送られて津和野を出発したが、その時、その別れにふさわしく秋雨が降っていた。それを思い出してこの句を作ったもので、山茶花は郷愁をそそるものであり、また母への思慕でもある」


引用元 徳川夢聲百句 松岡ひでたか 平成24年5月28日発行


亡き母に対する思慕…母の死への思慕。亡くなった母への思い、死んでしまった母への悲しみと恋しく思うことと一般的な解釈になっているんですが…


私は違うような気がします。それでは、あまりに陳腐です。

徳川夢声さんについて詳しい方がいるなら…この句が二重構造であることを知っているのでしょう。


ですが、

「二重構造・・・ならば次は、伊澤欄奢がらみだろう!?」


と予想する人…マニアですねい(素晴らしい♪)…でもでも、それも違います。


山茶花、母への思慕。


・・・山茶花、そして徳川夢声さんの思い、記憶に入りこめばわかります。


このあたりは次回にしましょう。(いつかは決めてませんが…)


【おまけ画像…追記2015.4.30】

津和野大橋にたどり着いたとき、ちょうど、山口線の上り列車が見えました。

津和野の徳川夢声さんの句碑と山口線のキハのオレンジ

キハ系の車両です。暗いオレンジ色、朱色、旧国鉄色。
都会に住んでいる益田市出身の方なら、「なつかしいのう・・・」って思うかもしれませんが、山口線、山陰本線ではバリバリの現役です♪

益田市で泡様の白花の穂を持つ樹木を発見(島根県立万葉公園にて)

昨日、益田市の島根県立万葉公園に行ってきました。

目的は、ウォーキング。天候と空気がいい日には島根県立万葉公園でウォーキングが楽しめるので、足の筋力も徐々にですが復活しています。

皆さんは、益田市の島根県立万葉公園内には、森林内に設置されたウォーキングコースがあることをご存知でしょうか?

今回はまず、昨日(実は今日も)観察した、島根県立万葉公園内の森林内に設置されているウォーキングコースで…偶然、

泡様の白花の穂を持つ樹木


を発見した!というお話です。

早速ですが「泡様の白花の穂を持つ樹木」の画像です。

益田市 万葉公園 白い花の穂がある木


なんだ!この白!…まるで淡雪のような白色です。


幻想モードですが(ハハハッ)

益田市 万葉公園」白い花の穂と月の風景

淡雪のような白色の花が咲く丘の上に、淡い半月もみえておりまする♪


で、今日、地元の尊敬する先輩に呼び出されて、このコースを訪れることとなってしまったので、

ついでで、接写系の撮り方した画像↓

益田市 島根県立万葉公園 白い穂がある木up


【この樹木について…】

島根県立万葉公園のウォーキングが楽しめるコース内の泡様の白花の穂を持つ樹木について

のべ2時間調べたところ…否、実は樹木の名前は正確には分からなかったのですが(汗)


どうやら「椎の木」の系統だと…でも、一般的な椎の花の場合、黄色がかっているのですが、この樹の花は純白でした。

今日現在、島根県立万葉公園のウォーキングコースでは、山桜の花は当然、そして山躑躅(やまつつじ)の花も散り去りる中、唯一の「花姿」。…魅了です♪

【おまけ…万葉藤園の藤の咲がら…2015年4月28日】

島根県立万葉公園 万葉藤園 20150428



ほぼ、満開ですよ♪・・・一方、白華美短藤(しろかぴたんふじ)はギリギリですが…

明日は当地では「万葉まつり」の日ですね♪

役員とかスタッフとかに、よほどの雨男とか雨女がいなければ、天候は問題ないようです。


では、おやすみなさいまし♪

こいのぼりの大群が島根県立万葉公園に出現した風景(益田市高津)

4月22日の今日、益田市の高津にある、島根県立万葉公園へウォーキングへ。

万葉公園の中の「万葉植物園」の植物の変化の様子を楽しもうと東口駐車場に向かったところ…


万葉公園東口の天空の様子に大変化が!!

島根県立万葉公園の「進撃のこいのぼり」の風景(益田市高津)1


おおっ、こいのぼり♪・・・しかも群れで泳いでおるではありませんか!?


確かに、いつもこの季節、万葉公園のこの場所には、たくさんの「こいのぼり」が揚げられていることは知っていました。


ただ、これまで益田道路からしか見たことが無かったので、万葉公園の東口駐車場から間近にみた「こいのぼり」達の迫力の風景は初めての体験です。


近くで見て初めて分かったのですが…大型の「こいのぼり」もたくさん泳いでいます。

島根県立万葉公園の「進撃のこいのぼり」の風景(益田市高津)

目的のウォーキングのことはすっかり忘れ…

万葉公園の「こいのぼり」の群れの撮影にすっかり没頭してしまいました。


せっかくなので、撮影スポットをご案内しましょう。

まずは、「四季のもり」から…

島根県立万葉公園の「進撃のこいのぼり」の風景(四季のもりより)


時間帯的に逆光になりましたが、「四季のもり」からは「こいのぼり」達の姿を一番間近に楽しめます。


ここでいったん休憩。

若葉の時期の万葉植物園あたりの風景を撮ってみました。

万葉植物園を四季のもりからの樅の風景


新緑が綺麗です♪ 画像中央上の「樅の木」は相変わらず貫禄ありますネ♪柳の大木もあったんですね!(下からは気付きませんでした。)

ふと、先日まで満開であった桜の枝先をみてみると。

益田市 さくらんぼ 島根県立万葉公園


かわいい「さくらんぼ」。赤く色づいておりました♪

やすらぎの家の前を通過し…またまた、ちと休憩…歳ですかねwww

島根県立万葉公園の「もみじの若葉」遮光の風景


もみじの新緑…若葉の遮光カーテン…素敵です♪

で、やっとこさ、(さっきの撮影場所の真反対側まで歩いての)「きょうどのもり」から…

万葉公園の「こいのぼり」の風景(きょうどのもりより)


こちらは、光り的には問題はないのですが…島根県立万葉公園に「進撃のこいのぼり」群を見下ろす角度になるため少し迫力に欠けますネ。

と、なんだかんだ、万葉公園の「こいのぼり」の群れの撮影に夢中になってしまいました。

ふりかえって思うと…階段や坂道を、あがったり、おりたりして…結果的にいつものウォーキングよりはるかに高い強度の運動をすることができて…体も満足!!

万葉公園の皆さん!ありがとう♪

最後に島根県立万葉公園の東口の場所はコチラ↓

島根県立万葉公園東口の場所(益田市高津)


結局、ぐるりと散策してなんですが・・・万葉公園の「こいのぼりの群れ」の風景に一番迫力を感じたのは…実は…東口の駐車場からでした(ハハハ♪)

益田市 島根県立万葉公園東口 こいのぼり


おまけ…こいのぼり「幻想モード」を一枚ですが・・・追加しました(2015年4月24日)

万様こいのぼり風景 幻想モード




では、おやすみなさい♪


益田市で徳川夢声生誕地と夢声作詞「益田音頭」の楽譜を尋ねたら

益田市郷土の三偉人の一人「徳川夢声

以前、このサイトで、益田小学校の敷地内にある「徳川夢声生誕地」案内板を取り上げています。


「徳川夢声生誕地」案内板があるならば…


「徳川夢声生誕地」案内板があるならば、その近くには、徳川夢声生誕地の正確な場所を示す碑とか立札のひとつはあってもよさそうなのですが…

地元の人、数名に尋ねても「さぁ、わからんのう?」といった応えばかりでござあました。


濱田研吾氏の書籍『徳川夢声と出会った』(晶文社 発行:2003年12月25日)

徳川夢声と出会った 濱田研吾


ならば、

「もしかしたらその辺(あたり)のことが記載されているのでは?」
という期待を持っていました。

濱田研吾氏の『徳川夢声と出会った』には、

益田市立益田小学校の校庭に面した空地のあたりが生家跡とされているが、表札も立っておらず偲ぶよすがとてない。(31ページ)

と記されていました。

益田市のこのあたりは昭和58(1983)年7月豪雨による大水害。実際、洪水でぐちゃぐちゃになった場所の時(当時、私は益高生)を思い出せば(夢声さんが生まれた家が)分からなくなるのもあたりまえなんだよなぁ…と改めて、己の郷土益田市の歴史認識、思慮の不足を反省いたしました。


「徳川夢声生誕地」を確定することに意味(価値)があるのか?


そもそも、「徳川夢声生誕地」を確定することに本質的な意味(価値)があるのだろうか?
という醒めた気持ちにもなってきました。

(似たような思いが、益田市の歴史に絡む、柿本人麿(柿本人麻呂)の存在にもあるのですが)

そのあたりは、(論じると長くなりそうなので)別の投稿にいたしませう。


じゃが!! 「徳川夢声生誕地」を知っているお方が益田市におった!!


益田市の「徳川夢声生誕地」を確認することなど、よく考えてみればそれほど価値はないのう…

と、気持ちは整理されていました。でも、やはり知りたいものなんです。(性分というやつなんでせうか。ハハハハ♪)

本日、益田市の益田歴史民俗資料館の館長様から貴重な情報をいただきました♪


きっかけは、濱田研吾氏の書籍『徳川夢声と出会った』を持ち出してからでした。


「濱田さんの本にもあったんですが…徳川夢声さんが生まれて場所は、水害やらで、今や確定はできんそうですネ…?」と尋ねたところ。

益田歴史民俗資料館の館長様から驚くべきお話が…


「えっ?、そんなことはないですよ!。徳川夢声の生家は、この(ここ、益田市歴史民俗資料館から徳川夢声の案内板を結ぶ直線)先をまっすぐ行って、(益田)小学校の遊具付近に、地元の小学生の通学路(里道)があります。それを進むと駐車場があって、その辺に、かつて長屋があって、そのうちの一件が「徳川夢声」がうまれた家なんですよ、…生まれただけですけどネ、ふふ」


「ハイハイ、生まれただけですよネ、ふふ」

生まれただけ…「ふふ」、共感がありました。

それについては後日お話ししませう。

とにかく、重要な手掛かり(情報)です。

で、早速、行って見ました・・・徳川夢声生誕地。

徳川夢声生誕地


ここかぁ、ここなんだ…なるほどなぁ~

ときたま通る自動車の音の切れ目の中で徳川夢声さんの産声が聞こえたような気がしました…

ふと見ると七尾山には靄が…

徳川夢声生誕地から七尾山


な~んて、おセンチな話しでは、かの夢声さんに怒られそうで…(ハハハはっは♪)


「徳川夢声作詞「益田音頭」の楽譜


すいません。かなり、ひっぱりましたw


で、徳川夢声作詞「益田音頭」の楽譜みつかりました。スイマセン(当然ですが)チラみせです。

すいません。これ、いわゆる「雑」に扱いたくない代物なんで…

徳川夢声 作詞 益田音頭 楽譜チラみせw