益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

益田市染羽町

益田市の染羽天石勝神社本殿に感じたクールな「手挟」考

益田市の染羽天石勝神社本殿の「手挟(たばさみ)」について。

「手挟(たばさみ)」は見ての通りの「向拝の補強」部材ですが、あわせて「空間の装飾」という役目をしている部材です。我が日本独自の手法であると聞きます。

インターネットで「手挟(たばさみ) 画像」と検索すれば、全国各地の神社のそれは、それは見事な彫刻を施された画像を見ることができます。

染羽天石勝神社本殿の「手挟」を見てみましょう。

染羽天石勝神社本殿 手挟2


白く塗装された部分「手挟」と呼ばれる部材です。

不思議なのは、拝殿ではなく神殿の「手挟」となると、一般の参拝者は拝見できないと思います。(位置的に)でも、そんな場所でも、こだわる…そういう意味でクラフトマンシップ!を感じています。

で、(ほぼ、いないと思いますが…)インターネットで「手挟 画像」と検索し、豪奢な彫刻が施された「手挟」を見た人は、

益田市の染羽天石勝神社本殿の「手挟」はかなりシンプルなデザインに見えるかもしれません。

ですが!

私は、染羽天石勝神社本殿の「手挟」には他(の神社の「手挟」)にあまりみない、特徴的な技法を感じました!!

もう少し大きい画像で説明します。

先の画像にて2つの「手挟」がありましたが…奥の方が破損がないように思われますので、そちらで解説します。

染羽天石勝神社本殿 手挟 奥s


私が益田市の染羽天石勝神社本殿の「手挟」をクール♪と感じたのは、ここの部分。

染羽天石勝神社本殿 手挟 奥sクール


赤丸の中の部分・・・蔓(つる)のように見えるところ…白い点線をつけていますが、
「これって連続性を感じさせますよね…実際は連続性は無いのですが・・・」

こんな技法は他の神社の(豪奢な彫刻が施された)「手挟」にはみられません。

地味ですが、こんな技巧こそ、クールジャパンですよネ♪

染羽天石勝神社内の大元神社の石段と本殿の「手挟み」(益田市染羽町)

前回の染羽天石勝神社本殿の側面の蟇股を見学した場所までのルートについて。

前回の染羽天石勝神社本殿の側面の蟇股を見学した内容はこちら↓

>>益田市の染羽天石勝神社本殿「蟇股」考。久々の発見「久文字」

益田市の染羽天石勝神社本殿の側面を見学させていただくためには、
本殿に向かって左にある「大元神社」に向かう石段を上ることによって可能になります。
(なお、今回はご神職様よりご許可をいただいたうえでの撮影です。)


早速ですが、
染羽天石勝神社本殿に向かって左の「大元神社」のお姿(正面)。

益田市 染羽天石勝神社の大元神社


そして、この「大元神社」につながる石段は↓こんな感じです。

益田市 染羽天石勝神社の大元神社への石段


この石段、グニャグニャしていますよネ。

石段右の巨木の幹と根が石段にかける圧力によるものです。

おそらく根は石段の数か所を持ち上げていると思われます。
足が弱い私は、石段左の手すりがなければ到底、上ることはできませんでしたよ。この石段・・・

あわせて、植物の持つ凄い力をあらためて感じました…。

実際に、大元神社への、この石段を上っていくときなんですが、)
歩を進めるごとに石段の角度が変化するので、何度か不思議な眩暈をおこし、
それが(かえって)神聖さに近いものとして感じられました。


染羽天石勝神社の、かつての資料(図)によれば、大元神社はこの場所よりももっと奥、そして高い位置にあったようです。また、現在の大元神社の場所には、かつては春日神社があったようです。

(そのあたりは、別の機会に投稿させていただきますネ)


さて、この石段を上りきり、大元神社に参拝した後、染羽天石勝神社本殿の側面を見学させていただけたのですが、

染羽天石勝神社本殿側面左


この場所にて本殿側面の「蟇股」2種を見学させていただいたわけです。

さらに!!

ここまでこの記事に目を通していただいた方への感謝の気持ちとして…♪


この場所でしかみれない部材のひとつ、染羽天石勝神社本殿「手挟(たばさみ)」の画像です。

染羽天石勝神社本殿 手挟2

この「手挟(たばさみ)」かなりこだわっています。

お解り頂けると思いますが…本殿正面からは見えません。見えない場所にもこだわる。・・・否、見えないからこそこだわっている…


これぞ職人魂!…見学、発見できて、うれしい!わけです♪

この「手挟(たばさみ)」…クラフトマンシップについてはこちら↓のページにて。
益田市の染羽天石勝神社本殿に感じたクールな「手挟」考

おやすみなさいませ。