益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

益田市の海岸浸食

春の白い日本海と海岸浸食と観音岩の風景(益田市の浜辺より)

今回は久しぶりに益田市の風景画像を。
益田市の三里ヶ浜の『観音岩』付近で撮影した「白い日本海」の風景です。
白い日本海の風景(益田市)20150407

季節感があるようでないような感じです。曇り空と逆光のため、海面は白くミルク状に見えます。

撮影日は2015年4月7日…春の日差しは暖かいのですが、時々、日本海からの冷たい北風で、まだまだ「寒く」感じた日でした。

この場所からのこのような(白い日本海の)風景は、訪れた人に何らかの美的なものを感じさせるようで(私もそうですが)結構スマホとかで撮影している人を見かけます。

さて、ここに来たなら、報告をしたい事が2つ!!

1つは、益田市の海岸浸食の件。2015年4月7日時点では…↓
海岸浸食 益田市

おおっ、海岸浸食進んでいます。おわかりですか?比較用に約5ヶ月前の2014年11月4日に撮影した同じ場所の画像を掲載します↓
益田市 観音岩 海岸浸食 現場
 

上下の画像を比較すると、浸食された面の縁とポール(島根県と書かれているのですが)との距離が狭くなっていること(後退していること)に注目してください。

あと数回、時化れば、・・・単純に上の画像との時間軸(5ヶ月)で推測すれば、今年の9月ごろまでに、このポール&ロープ地点は崩落するでしょうネ。

さて、ここに来たなら、報告をしたい事2つ。の2つ目。

益田市の浜の画像といえば「観音岩」。益田市の風景の象徴的な…天然オブジェの一つです。
観音岩の風景 益田市20150407


夕焼けとセットではないので、ただの「岩」画像ですが…この日の観音岩には黒い鵜達が、(この季節は、いつものように)鎮座していました。

で、たまにウミネコが、ちゃちゃを入れる的に現れるところが面白かったのう♪

観音岩の鵜とウミネコの風景20150407

おしまい・・・・・・

観音岩の近くで新たな海岸浸食(崩落)を見た(益田市 三里ヶ浜)

三里ヶ浜には益田市の風景の中でも人気スポットである「観音岩」があります。

このサイトでは「観音岩」関連風景として「ミサゴがいた」とか「七羽の鵜がいた」という「ほのぼの系」の投稿とあわせて、「この岩周辺の海岸の砂浜の面積が大幅に減少した。…「海岸浸食」に関する記事も投稿しています。

観音岩付近でおこった海岸浸食(崩落)

画像は、今年(2014年)11月4日に撮影したものですが、観音岩周辺海岸浸食の(おそらく)直後に近い時点での様子です。

益田市 観音岩 海岸浸食 現場


実は、この場所は砂浜から一段(2~3m)高くなった比較的広い更地です。(益田市の三里ヶ浜の観音岩を観賞するベストポイントでもあります。車も数台駐車できます。)

ここの砂浜から、以前、観音岩周辺の砂浜の減少について今年(2014年)の9月4日に投稿したこともあります。
益田市の三里ヶ浜「観音岩」周辺の砂浜の変化(比較)


私は、砂浜の海岸浸食というのは、数年とかの年月をかけてジワジワすすむものかと思っていましたが、今回のように短い期間(もしかしたら、想像を超えた僅かな時間で)「ゴッソリ」的に崩落浸食がおこることもわかりました。

益田市の海岸崩落浸食

この崩落地点の先には、植物(おそらくシノ竹)が覆い茂っていますが、その一部も崩れているようです。

実は、この崩落地点、観音岩の間近の砂浜に下りるためのルート(結構険しい崖(砂質と粘土質と礫が混合))でした。しかし今回の崩落で完全にオーバーハングしてしまい。観音岩へ(比較的簡単に近づける)ルートはなくなってしまいました。

今回の海岸浸食(崩落)について考えてみた

この地点の周辺には、以前投稿したようなヘッドランドはありません。
※参照⇒持石海岸(益田市の風景)の今…海岸浸食で凄い事になっていた。
ただ、この地点のすぐ傍には(昭和の時代には無かった)防波堤が設置されてることに気づきました。

この防波堤による反射波により、自然の土手(今回の崩落場所)に強い波力を集中させる結果となったことが考えられます。

…観音岩は昭和時代は干潮ともなると地続きになる…プチ「トンボロ現象」もあったそうです。
前回の持石海岸の浸食と同様、益田市の三里ヶ浜では、昔と比べ、土砂の「自然供給量」が相当減ったことがわかります。
とはいうもの、土砂の供給源である高津川、益田川の河口の施策・コントロールは大変大がかりで、高度で精密な設計が伴うことも確かです。…それについて意見する気はありません。
 
ただ、気になるのは…現在、国道191号線に海岸線せまってきているため…護岸工事・防波堤設置が必要だと思われます。…当分「いたちごっこ」は続きそうですネ。


※現地には島根県とかかれた支柱が数本立っており、標識ロープ(俗にいうトラロープ)が張られていました。(現地再訪時:2014年11月20日に撮影)

島根県の柵


益田市の三里ヶ浜の風景…「益田十景」のひとつ「三里ヶ浜」この砂浜の風景がだんだん見られなくなっていくのでしょうか…(今回の海岸浸食(崩落)場所より撮影)

益田市 風景 三里ヶ浜

持石海岸(益田市の風景)の今…海岸浸食で凄い事になっていた

益田市の「持石海岸」といえば、私が子どもの頃は、格好の夏の海水浴場でした。
ところが先日、この地を訪れた際、衝撃的な光景をみてしまいました。

早速ですが現在の「持石海岸」の画像です

益田市の風景 持石海岸の今


…結論からですが恐ろしいほど海岸(砂浜)が浸食されています。

11月ではありましたが、益田市の思い出スポットとして、「持石海岸」の「今」的画像を撮影しようと思い、30年ぶりの「持石海岸」でした。

昭和時代の「持石海岸」の記憶…


私が高校生(昭和時代)は「持石海岸」は数百人が海水浴を楽しめた場所でした。
(過去(昭和時代)の画像が無いことが残念です。)

浜辺の状況が違いすぎ、私の記憶も浸食されているかもしれませんが…昭和時代の「持石海岸」は「丸い礫(角の取れた丸石)」で覆われた部分が広く展開し、その先、波打ち際から、比較的幅の狭い砂の浜辺があり、海中の砂地は沖の岩場まで続いていました。

それが、現在は、この状況です。

益田市の持石海岸の2014年の風景


凄い事になっています!!…これぽっちの浜の面積では、とても数百人が海水浴を楽しめた場所とは想像もできない状況ということが分かりますよねネ!(直観的にも…)

しかも、河川の上流にみられる、ゴツゴツした石(割ぐり石)がゴロゴロ敷き詰められています。もはや、景観的にも日本海の海岸的なものを大きく逸脱しているではありませんか?

(ゴツゴツした石(割ぐり石)については今回は触れないとして)
なぜ、益田市の「持石海岸」の様子が激変したのでしょうか?

原因は地球温暖化?(笑)…いいえ「ヘッドランド」でしょう!


益田市の「持石海岸」の浸食の原因について、益田市の先達に(試す気持ちもあって)あえて、たずねたところ…
結構多くの人から「地球温暖化の影響じゃろうて!?」というこたえがありました。

マジですか!?…それは(地球というよりも、そんな事を真顔でおっしゃる人の頭の方が)心配です!!

私の見解では、近くに施されたヘッドランド工法による護岸対策の影響のようです。
下の高空画像を見るとおわかりのように、今回の撮影場所、画像の「山陰本線」と記載されているところの海岸付近の両サイドに…蛭(ヒル)の頭のような、T字型の護岸構造物があります。この構造物は「ヘッドランド」と呼ばれるものです。

「ヘッドランド」がこの位置にあった場合は、今回の場所あたりは2つのヘッドランドに挟まれるため、両サイドに向けた「流れ」がおこるため、浸食を助長することになります。(千葉県にいたころ、九十九里浜で同じような現象をみました。)

話は戻して)益田市の持石海岸…かつての海の家から
益田市の持石海岸  昭和時代の海の家から
…ここから見る、持石海岸の(思い出深い)岩場の風景は以前のままなんですがねぇ…
「ヘッドランド工法」考
ヘッドランド工法は、現状の益田市の海岸を見てもお分かりのように、大変優れた護岸工事…特に砂浜の維持管理には有効な工法です。ただ、ヘッドランドの両サイドには、離岸流が発生することと、ヘッドランドから離れた海岸に浸食をおこすという課題もあります。持石海岸は後者の影響をもろに受けたのでしょう…
まぁ、あっちをたてれば、こっちがたたず…的な工法ともいえますね。

真の問題点は、高津川の河口の施策にあるのでしょうけどネ。