益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

益田十景

益田市の水源地 七尾公園の桜「2015」の風景 益田十景

本日(2015年4月2日)、益田市の水源地 七尾公園の桜を見に行きました。

時刻は午後1時過ぎ。平日にもかかわらず100人以上(駐車場は水源地、住吉神社も満車状態)の益田市民が満開状態の桜を楽しんでおられました。

益田市七尾公園 桜並木20150402


益田十景…七尾公園。満開の桜の中で、くつろぐ益田市民の方々

七尾公園桜20150402


住吉神社への石段がはじまる鳥居周辺の桜の風景。とてもリッチですネ。

益田市住吉神社鳥居と桜


※東側の空の青はいい色でした♪

2015年3月末ごろからいっきに開花したようです。
ちなみに、今年3月25日の益田市の水源地 七尾公園の様子がコチラ↓

益田市七尾公園20150325s


そして本日(2015年4月2日)の桜の様子です↓(ほぼ同じ地点から撮影です)

益田市七尾公園 桜20150402


わずか一週間程度でこの景色の変化…桜って凄いのう…

というわけで・・・

益田市の水源地 七尾公園の桜「2015」も、とても綺麗でしたよ♪


・・・で終わるのも、ちょっと…と思ったので、

益田市の水源地内の池の周りの画像を…

1つ目は、益田水源地の名物オブジェ…『進撃のエビス小僧

益田市水源地 エビス小僧s


進撃のエビス小僧』・・・ミカサがいうように「人間の比率で考えればあの魚(鯉?)を持ち上げられると思えないけど…」それを捕獲して嬉しそう、

でも、その喜びもつかの間、首や胴に巻きついた糸で?少し苦しそうにも見えます。

この糸、話題の「進撃の巨人」の調査兵団の仕業?…を意図したものか…益田市の水源地も、なかなかトレンディですね(笑)

2つ目は、水源地の事務所入り口両サイドの「樅(モミ)の木」

樅と桜と青空…元気でます!!

益田市水源地 樅と桜と青空とs20150402

本来、樅の葉色はもっと濃い緑ですが、花が咲いていたので、枝先あたりが黄緑色に輝いてみえます。(こちらも満開です♪)

益田市水源地 桜20150402


益田市の水源地 七尾公園の桜「2015」は今週の週末(4月5日、6日)がギリギリ…ラストチャンスかもしれません!?(雨が降れば、かなり厳しいかも!?)

益田市の「風の丘公園」…地図に無い公園を発見

益田市にはYahooやgoogleの地図に載っていない「公園」があることをご存知ですか?

「そりゃ開発行為にともなう、ちっこい公園のことじゃろうや?」と思う人もいるでしょうが、

いえいえ、そんな小さい公園の話をしているのではありません。
実は、「益田十景」にも取り上げられている、「公園」…「風の丘公園」の事なんです。

先日、偶然、こんな看板?を見つけたのです。
風の丘公園と石見空港

心に刻む益田十景 「風の丘公園と石見空港」とあります。
場所は、益田市の高津方面からの「萩・石見空港」への接続道路(たぶん県道)坂道の中腹です。

 私は、益田十景の 「風の丘公園と石見空港」というタイトルについて、以前、石見空港はよしとして(萩・石見空港は石見空港の愛称だから)「風の丘公園」でななく「風の丘広場」であると正した記事を投稿したことがあります。

 ですが、本当に「風の丘公園」は存在したのです。 でも、Yahooやgoogleの地図に載っていない「公園」であることも確かです。

「風の丘公園」…いったい、いつごろ出来たのでしょうか?

現地でフィールドワークしてみたらこんな看板を見つけました。

萩・石見空港 風の丘公園 創立周年記念植樹

「萩・石見空港 風の丘公園 創立20周年記念植樹 贈益田西ロータリークラブ 平成8年1月」と、

平成8年は西暦で1996年ということなのでその20年前となると1976年。

益田市の「石見空港(愛称:萩・石見空港)」の開港が1993年(平成5年)ですから、この「風の丘公園」がつくられたのは、それより17年も前の事になります。

石見空港の歴史を調べてみると…

石見空港は(略)交通の利便性で著しく劣る島根県西部の高速交通網整備を目的として、島根県が1973年(昭和48年)に石見地方に空港を設置する構想を策定、1987年(昭和62年)の設置許可を経て1993年(平成5年)に出雲空港、隠岐空港に続く島根県下3番目の空港として開港した。

ウィキペディア:石見空港より

とありました。「島根県が1973年(昭和48年)に石見地方に空港を設置する構想を策定」とあるので、1976年は、石見空港の建設推進のための象徴?…イベント的につくられたのかもしれませんネ。

今回もまた、「益田十景」について再編集しなければなりません…

というか、益田市の歴史記述…とくに観光目的のそれはかなり「ゆらぎ」が多いようで混乱します。

言いわけですが…益田十景の絵葉書集では「風の丘公園と石見空港」というタイトルで、「澄川 喜一 先生のTO THE SKY」が描かれていましたんです。…「TO THE SKY」がある場所は「風の丘広場」としてYahooやgoogleの地図に載っています。

益田十景 絵葉書 石見空港風の丘公園

上の絵葉書の場所は「風の丘広場」ですよネ!!

そもそも、「益田十景」という言葉が益田市では「死語」なのかもしれません。

益田市内の絵葉書や観光パンフは稚拙なものが無いことを願います。

益田市の「風の丘公園」場所地図

益田市沖の伊勢島と『まんが日本昔ばなし』お伊勢物語の姿を見る

益田市の日本海沖に「伊勢島」という島があることをご存知ですか?


今年(2015年)の2月、益田市の鎌手方面の散策は、実は「唐音水仙公園」が主たるテーマではなく、益田市の鎌手地区…土田海岸沖にあるという「伊勢島」確認のためのものでした。


「伊勢島」については、益田市沖の「高島」がらみの伝説「おイセの物語」としてご存知の方も多いのではないかと思います。


「え?おイセの物語…わしゃ、そんな田舎の話は知らん」

という方もいるでしょうが…


「あの『まんが日本昔ばなし』でも取り上げられた話だよ」

ということとなれば、少しは関心を持ってくれる益田市民もいるのではないでしょうか?


※ご参照:『まんが日本昔ばなし』データベース
http://nihon.syoukoukai.com/modules/stories/index.php?lid=958
⇒No.0958お伊勢物語 放送日:1987年06月13日(昭和62年06月13日)

今回は(まず、とりあえず)「伊勢島」の存在を確認する。ということを目的に投稿します。実は、「伊勢島」を確認するには、結構苦労しました。

私、益田市の鎌手地区には、地元に詳しい人の人脈がありません。


(事前にネットで調べたのですが)「伊勢島は益田市の土田海岸沖2㎞にある」という情報のみでした。


今年(2015年…平成27年)は2月8日(日)と14日(土)の2回、伊勢島の確認のために益田市の鎌手地区にいったわけですが。

初回(2月8日)は「伊勢島」…らしき「島」…というか「岩礁」は確認できましたが、それが、正しく「伊勢島」なのか!?全く自信がありません。


そこで、益田市の鎌手公民館(鎌手地区振興センター)に問い合わせてみました。

「お忙しいところ、本当にスイマセン。私、今、益田市の土田海岸沖にあるという『伊勢島』を探しているのですが、とんとわかりません。『伊勢島』ってどこら辺にあるのでしょうか?」

すると、男性の方が

「ああ、『伊勢島』ですか…ありゃ、「島」というか、「瀬」ですよ。」

「瀬?ですか岩礁みたいな?…異様な白波がたってる所でしょうか?」


「ハイ、ハイ、そうです。土田海岸沖では、瀬(岩礁)は1つしかないので、それです!!」


おおっ、さすが!!益田市の鎌手公民館(鎌手地区振興センター)!!


「土田海岸沖では、瀬(岩礁)は1つしかないので、それです!!」って言葉に勇気づけられ、2月14日(土)、晴れていて気温も10℃程度だったので、あらためて、益田市の鎌手地区にいったのであります。


そして、偶然にも、見つけました。「伊勢島にまつわる看板」…「石見舟歌に生きる「おイセ」の物語」


場所は、益田市市街地側から入って「唐音水仙公園」への道(おそらく林道)入り口をすぎ、土田海岸へ向かう下り坂途中。これです!(というか…前回投稿した場所と同じです(笑))

石見舟歌に生きるおイセの物語 案内板


正面から、左にあるのは、前回の投稿で掲載した、益田十景心に刻む 益田十景 鎌手のスイセンの里からみた高島』の看板です。
※参照⇒水仙の里と唐音水仙公園と益田十景の関係について(益田市鎌手地区の風景考)

石見舟歌に生きるおイセの物語の看板 全



この地点から確認した『伊勢島』と高島の「位置関係」

益田市高島と伊勢島の風景

もう少し近づいてみましょう(ズーム)

伊勢島1益田市風景


日本海の波しだいで、こんな風景も↓

伊勢島の風景 益田市2波


伊勢島3UMA 益田市風景

こんなの見たら、益田市の日本海にUMAがいるんじゃないかと…初めての人にはコメントされそうです♪

最後に、これが、倍率MAXで撮影した『伊勢島』の姿↓(撮影機種はNIKON COOLPIXP600)

伊勢島 益田市鎌手風景


案内板『石見舟歌に生きる「おイセ」の物語』の拡大画像

石見舟歌に生きるおイセの物語(拡大)


この島…岩礁で、おイセは息を耐えたと…(涙)

益田市の水仙の里「鎌手」。そして「唐音水仙公園」まできたのなら…ぜひとも、この、場所に来て、伊勢島と高島の風景も楽しんでくださいまし。


益田市の「伊勢島」の話、というか「お伊勢」について…
※ちょっと気になるところがあるので…
⇒益田市高島の「お伊勢物語」の内容を比較してみた(冒頭部編)

ご参照※「伊勢島(岩礁)の場所の画像」


※とてもわかりづらいかもしれませんが、画像の左下「洞ノ鼻」という場所から、北北西の沖に、小さな白い点があります。見えますか?位置的にも距離的にも伊勢島(岩礁)であると考えられます。
(私は最初パソコンのモニターについた「ほこり」かと思いました。)

水仙の里と唐音水仙公園と益田十景の関係について(益田市鎌手地区の風景考)


本日(2015年2月14日)再び「唐音水仙公園」(益田市鎌手地区)に行ってきました。

「エッ!?日曜日(2月8日)も行ってきたんじゃないか?『唐音水仙公園』?しかも(水仙の花の)ピークは過ぎとると…言っておったじゃないか?」

唐音の蛇岩がある唐音海岸 2015年2月14日撮影


そっ、そのとおりです(汗)。

水仙s


でも、今回の日本水仙の画像いい感じでしょ!?(天候は晴れ…青空多し 気温は10℃位)

唐音水仙公園の水仙3

実は、前回も今回も「とある目的」があっったのです。それは土田海岸の沖2㎞にあるという「伊勢島」の確認(撮影)でした。(「伊勢島」については近々投稿させていただきます。)


その前に、今回の投稿タイトル

水仙の里≪かまて≫と唐音水仙公園と益田十景の関係について(益田市鎌手地区の風景考)

ですが、私、この中の3つの名称


・水仙の里
・唐音水仙公園
・益田十景

について本日、違いがわかりました。


まず…水仙の里と唐音水仙公園について

「水仙の里」は、かまて(益田市鎌手地区)のブランディングのためのキャッチコピーのようです。
私は6年前に現在の「唐音水仙公園」に訪れた時、この場所が「水仙の里」という(いっしゅの)公園名だと思っていました。でもそうではないようです。

そのことがわかる第1の資料がこのパンフレット

水仙の里かまて唐音水仙公園パンフ


本日、唐音水仙公園で配布されていたものです。100円寄付しました♪


水仙の里≪かまて≫
唐音水仙公園


とあります。どうやら、鎌手そのものが「水仙の里」であり「唐音の蛇岩」近くの「唐音水仙公園」は「水仙の里」の部分であると読み取れるわけです。

次に、第2資料(画像)…伊勢島を撮影スポットを探していたらこの看板の存在に気づきました。

益田十景 鎌手のスイセンの里からみた高島


心に刻む 益田十景 鎌手のスイセンの里からみた高島とあります。

「なんだ!水仙の里ではないぞ!完全に間違えとるではないか…しかもちょっと長いし…」

「はい…」


でも、私が保有している益田十景の絵葉書集には

益田十景 水仙の里



「水仙の里」とありました…説明力不足!?

正式名称は「鎌手のスイセンの里からみた高島」として益田十景として取り上げられているようです。


益田十景の看板があった場所は、「唐音水仙公園」とは全く関係がない場所(土田海岸に向かう坂道途中)。


そして、益田十景である所以は「(実は)鎌手から(たぶん)水仙の花々ごしに見た「高島」の風景」とあるわけで…メインのキーワードは「高島」なんですネ♪

さて、これからコッソリ、コツコツ、過去投稿記事を修正しなければ…ヤレヤレw

益田市の唐音の蛇岩(国指定の天然記念物)岩の大蛇の風景

益田市の鎌手にある「唐音の蛇岩(からおとのじゃがん)」6年ぶりに訪ねてみました。
「唐音の蛇岩」は益田市役所のHP文化財課の表を見ると現在では益田市内で唯一の国指定の天然記念物であることがわかりました。

ちなみに「唐音の蛇岩(からおとのじゃがん)」が国指定の天然記念物に登録されたのは1936年(昭和11年)12月16日ということです。

「唐音の蛇岩」は益田市の「唐音水仙公園」の先にある海岸(岩場)内にあります。

唐音海岸


『唐音の蛇岩』の場所について


益田市民でも、結構、よく間違えてるのですが…
『唐音の蛇岩』とは、ここに見える岩場(唐音の海岸)全体のことではありません。この岩場(唐音の海岸)内↓の赤線部分に「唐音の蛇岩」を見ることが出来ます。

唐音の蛇岩 国指定天然記念物 説明

当然、上の画像の赤矢印部分(白い棒のように見える物体)まで歩いていく必要があります。

赤矢印の先(白い棒のように見える物体)は標柱……「国指定天然記念物  唐音の蛇岩」と記載されています。

唐音の蛇岩 益田市の国天然記念物 説明


上の画像内の2本の赤い点線------の間が「唐音の蛇岩」です。
このさき(黄色→)の先はというとこの岩場を反対側の入江に向かって横断し、

唐音の蛇岩s1


その先海中まで続いています。

唐音の蛇岩2s


(今回は、海がとても荒れていたので、海中の「唐音の蛇岩」の風景を撮影することはできませんでした。)


『唐音の蛇岩』の案内板を読む


最後にこの「唐音の蛇岩」の案内板につて

唐音の蛇岩 説明板 益田市教育委員会


平成22年10月 益田市教育委員会 作成
案内板がリニューアルされていました。
以前の「唐音の蛇岩」の案内板はコチラ↓
※ご参照⇒唐音の蛇岩に感じる神秘(益田市鎌手地区)

※3年前に新しくなった案内板。その内容は↓

唐音の蛇岩 説明板 内容 益田市教育委員会


白い部分、白いテープで隠してありますが
古第三紀漸新世…「今から約3,000年前」…
正しくは「約3,000万年前」で「」が抜けてるだけです。

「唐音水仙公園」の白い花(波の花)の風景(益田市鎌手地区)

益田市の鎌手地区にある益田十景の一つ「唐音水仙公園」2015年2月8日に来てみたら、肝心の「日本水仙」の見ごろの風景はピークを過ぎていました(残念…じゃが、それはそれとして…)

実は「唐音水仙公園」で、別な「白い花」を観賞できました♪

「白い花」というのは「波の花」のことです。

「唐音水仙公園」の駐車場からコンクリート舗装(?)の遊歩道を下っていくと、目の前を、綿のような「白い塊」が高速で横切って飛んでいくではありませんんか!?

「おお!これは『波の花』?」(残念ながら撮影は間に合いませんでした…この日はとにかく日本海からの北風は強力でございました。しかも益田市の海岸での気温は3℃…スイマセン言い訳です)


『波の花』の発生源を探してみたところ、どうやらコチラのようです↓

波の花0 唐音海岸 益田市 唐音水仙公園

「唐音水仙公園」の駐車場から遊歩道を下ると、唐音海岸の東側には、楔(くさび)型の入江があります↓この入江の奥の波打ち際に『波の花』が発生していたんです♪

唐音海岸入江 益田市 唐音水仙公園

益田市で『波の花』を見たのは、今回が2度目。
最初は益田市の小浜町の「宮ヶ島」の恵比須神社(衣毘須神社)の浜辺でした。


※ご参照⇒プチ「波の花」宮ヶ島の浜辺での不思議な現象(益田市の風景)

小浜海岸の『波の花』は「プチ」レベルでしたが…


ここ、益田市の「唐音水仙公園」の『波の花』は、本格的というか、かなり「濃い」ものです。

波の花2 唐音海岸 益田市 唐音水仙公園


もう少し近づいてみましょう。

波の花3 唐音海岸 益田市 唐音水仙公園s

波打ち際に白い泡というかムース状のものができています。これが『波の花』…ここに日本海からの強風が吹きつけると…この白いムース状のものの一部ちぎれて、空中に白い塊(小さいもので小豆くらい、大きいものではタバコの箱ぐらい)が飛び立っていくのです。

「波の花」とは

「『波の花』ってそもそも何なん?」と思われた人もいるでしょう
石川県観光情報ホームページ「ほっと石川旅ねっと」にわかりやすい説明がありましたので引用しておきます。(石川県の「波の花」は、今回の益田市の「唐音水仙公園」と比べると、段違いのスケールですよ)
◆波の花は、海中に漂う植物性プランクトンの粘液が冬の荒波にもまれて、せっけん状の白い泡を作ったものと言われています(海が汚染されていると泡が作られにくいとされています)。

◆最初は美しい白色ですが、時間が経つにつれて黄色になります。

◆服などに付くと黄色い染みになり取れなくなるので、観光する際にはあまり近寄らないなどの注意が必要です。
⇒石川県観光情報ホームページ「ほっと石川旅ねっと」より

「波の花」考


(随分前の事ですが)「波の花」という現象(言葉…記号)を知るまでは、益田市の海も「随分汚のうなったもんじゃのう……」という思いで眺めていました。

ですが、「波の花」といいう現象(言葉…記号)の発生原因を知り…それが、自然界の現象であると理解できると、(無知な時点で感じていた)「汚らしい」思いは一変、「花」と同等に見えました。

そして、「波の花」は

「海が汚染されていると泡が作られにくいとされています。」

という「説」を聞けば、「やっぱ、我ら益田市の日本海はまだまだ綺麗なんだ!!」という考えになり、
唐音水仙公園の海に神聖さを感じました…

益田市の比礼振山(権現山)よりスノーモンスター的樹木がある山の風景

「益田市の比礼振山(権現山)から(益田市の)市街地や日本海の眺め」というのが「益田十景」の一つとなっていますが…南方面を眺めると、中国山地の風景も楽しむことができます。

比礼振山(権現山)から益田市の市街地でも有名どころを撮影し、さらに、この日はラッキーなことに山口県萩市の「見島」や(益田市沖)高島の「腰掛岩」も確認でき、そろそろ帰ろうとした際…

「そうそう、ここからみえる中国山地はどんな感じかいのう…?」と比礼振山(権現山)の南の風景を眺めてみたところ…

またまた、ラッキーなことに、中国山地の(おそらく「安蔵寺山」方面だろうと思うのですが…)前日(2015年1月31日)の降雪による純白の美しい山並みを見ることが出来ました♪

益田市の比礼振山(権現山)山頂から中国山地2

とても高そうな山にみえますが、中国山地は最高でも1000数百m程度の山地、山頂付近は樹木(ブナ等)でおおわれています。「もじゃもじゃ」っとした感じですネ↓

益田市の比礼振山(権現山)山頂から中国山地1

上の2枚の画像に、木の枝が映り込んでいますが、決して何か効果を狙ったというわけではありません。

比礼振山(権現山)から望む中国山地方面の風景は、木々の枝の隙間から、撮影することになります。ただ眺めるだけならともかく、撮影するのは結構大変です。

なんとか、三脚を設置して、とある山頂部を拡大倍率MAXで撮影してみました。

比礼振山(権現山)山頂から中国山地の風景 益田市

おお、山頂付近の樹木はスノーモンスター的に見えるではないですかw…気温はかなり低そうです。


比礼振山(権現山)は、標高359m、東京タワー(333m)より26m高い場所です。車で(山頂まで)いける場所ですので、容易に、素晴らしい風景を楽しむことができますね。


このところ、ずっと益田市の日本海関連の投稿が多かった中、久々に「山」に関する投稿ができました。

益田市の比礼振山(権現山)より高島の大きな「椅子」の風景

益田市の比礼振山(権現山)からの益田十景の風景。

今回も肉眼の域を超えています。

比礼振山(権現山)標高359mの山頂から益田市沖の日本海に浮かぶ「高島」の画像。

画像は編集済みです…
益田市の比礼振山(権現山)より高島s

今回はこの高島の右端(矢印付き)O内に気になるものが見えました。
よくみると「黒い突起状」のモノが見えますか!?

この部分を倍率MAXで撮影してみました。
益田市の比礼振山(権現山)より高島 腰掛岩の風景

どうやら巨石です…椅子のように見えませんか?…「腰掛岩」というそうです。
画像は編集していませんので、ボケていますね。

思いっきり、画像編集してみましいた。(ほとんど絵のような感じですw)
益田市の比礼振山(権現山)より高島 腰掛岩2の風景

高島の「腰掛岩」です(だと思います)デカい椅子(腰掛)ですネ。高島に巨人伝説があったら…w

益田市の高島にある「腰掛岩」の画像を、とある書籍にて発見しました。
謎の高島 腰掛岩

う~ん間違いないように思えます。

この、「とある書籍」とは…『謎の高島』というものです。

前回もお伝えしましたが)われら益田市の至宝!当市の歴史上の最高の名誉市民といえる「矢富 熊一郎」先生の著書でございます。

謎の高島

私が保有している『謎の高島』は、
益田市郷土文庫による復刊版(平成元年1月11日)
です。

ちなみに『謎の高島』は「昭和16年9月23日に脱稿していたが、昭和24年8月10日やっと日の目をみている。」ということです。(本書「謎の高島」の復刊版のあとがきにあたる矢富巌夫 先生の「解説 高島夜話」より引用)

益田市の高島が完全な無人島になったのが1975年(昭和50年)の3月。この書籍『謎の高島』は、昭和16年9月に脱稿といいますから、高島が無人島化する約60年前に完成していたわけです。

私が、初めて「謎の高島」という著作を知ったのは中学2年ごろ(昭和50年代)…しかも、それはガリ版刷りでした。
今では、ガリ版刷りはさすがにないでしょうが、当初の「活版印刷」の『謎の高島』は益田市立図書館や、高津の公民館(高津地区振興センター)にありますよ♪

益田市の比礼振山(権現山)より高島(たかしま)の風景

益田市の比礼振山(権現山)からの風景…益田十景について続けますw

今回は「高島」…比礼振山(権現山)山頂から見島(山口県萩市)までの距離約70㎞(yahooMAPでの計測)と比較すれば…比礼振山(権現山)山頂からは直線距離で約18㎞(yahooMAPでの計測)ですので、被写体としては楽です…かなりw。

高島は(わたくし的には)近くて遠い「益田市のプチ秘境」です♪

早速ですが、益田市の比礼振山(権現山)からの風景…「高島」について

まずは、大草町の田園風景とあわせて、益田市の日本海沖の「高島」の姿

益田市の比礼振山(権現山)より高島と大草町の風景


次に、「魚待ノ鼻」…唐音の蛇岩、水仙の里とかがある鎌手の海岸の先にある「高島」の風景(…だんだん近づいてきましたw)

益田市の比礼振山(権現山)より高島


高島は、島根県益田市の大浜漁港から、約12kmにあります。

よく見るとポツンと白い構造物が見えます。何だかおわかりですか?
矢印&○囲みしておきました。(老眼の方のために…)

益田市の比礼振山(権現山)より高島灯台の風景


益田市民で釣りが好きで、高島に詳しい方なら容易な問いかけですが…これは「高島灯台」(位置:北緯34度50分06秒 東経131度50分19秒)です。

倍率MAXで撮影

高島灯台


こ、これは…ハッティフナット(Hattifnatt)…ムーミンのニョロニョロじゃあ、あ~りませんか!?

益田市の三里ヶ浜で夕方になれば、「高島灯台」からのピカッと閃光が確認できます。

高島は、今は「無人島」ですが、1975年(昭和50年3月末日)まで人が暮らしていました。


我が益田市の至宝!歴史的にも最高の名誉市民である「矢富 熊一郎」先生の著書
「謎の高島」には、益田市の沖に浮かぶ「高島」について、とても貴重な情報、てんこ盛りです♪


益田市の比礼振山(権現山)より、益田十景シリーズが落ち着いたらw
(いずれ)特集しましょう♪

※次回は、益田市の比礼振山(権現山)より高島(たかしま)の風景内で発見した「あの岩」についてです♪
【撮影日は2015年2月1日 デジカメはCOOLPIXP600 です】

益田市の比礼振山(権現山)より「鑪崎(たたらざき)」の風景

ここ、しばらく、益田十景である「益田市の比礼振山(権現山)より」の風景画像の投稿を続けています。」

山口県萩市の見島の撮影となると、最高倍率に近い撮影がゆえ、ちょっとした手ブレ…シャッターを押すだけでも、画像が乱れるのでなかなか苦労します。

今回は、「益田市の比礼振山(権現山)より」益田市と山口県萩市の境にあたる「鑪崎(たたらざき)」の風景です。益田市の海岸線、比礼振山(権現山)からみれば西の端にあたる場所です。

まずは普通に撮影してみました。

益田市の比礼振山(権現山)より「鑪崎」の風景p


私が好きな色あいで写ったので、少しばかり編集してみました♪

益田市の比礼振山(権現山)より「鑪崎」の風景 kaiia2

益田市と山口県萩市の境の「鑪崎(たたらざき)」、その奥に見えるのは山口県萩市須佐町の高山の沖にある小島…山島、地ノ島、沖ノ島…とかよばれる岩の島郡です。(「鑪崎(たたらざき)」に、すごく隣接しているように見えますが、直線距離で7㎞は離れているんですよ)

結構、いい感じの「青系」で、とてもいい感じです。

ピントがズレて撮影した方が、より絵画的でいいですねいw↓

益田市の比礼振山(権現山)より「鑪崎」の風景 kaiis4


(実は、今回、三脚を使用し、セルフタイマー(2秒)も駆使して撮影したのですが…風による揺れだけでも、最高倍率近くではブレるんですね。画像が(汗))

波頭の白を強調できれば…私が尊敬するあの画伯風になるような…
残念ながら、そこまでの技術はありません…


【撮影日は2015年2月1日 デジカメはCOOLPIXP600 です】

このサイトで益田市の「鑪崎(たたらざき)」に関する記事はコチラ!!
タグ:益田市の「鑪崎(たたらざき)」

益田市の比礼振山(権現山)より「見島の左端の小さい島(金島)も確認」した風景

益田市の比礼振山(権現山)標高359mの山頂から「見島」はどんな感じで見えるのか?というテーマで前回投稿しました。これも益田十景の一環です。

※ご参照⇒益田市の比礼振山(権現山)山頂から「見島」の風景

デジカメの倍率をもう少しあげて「見島」を撮影したところ(この時点で益田市の市街地は撮影範囲外になりました。)※使用デジカメはNikon COOLPIX P600


左端にポツンと「粒」のようなモノが見えます。…「小島?岩?」

益田市から見島の風景

ハイハイ、分かりにくいですよね!?画像編集したのがコチラ↓

益田市から見島


益田市の比礼振山(権現山)から撮影した「見島」。その左端にポツンと小さな「島影、岩影」…わかりますか?


「わしには見えん!!」…「えっ、老眼ですか?先輩!?」…私も最近その兆候があるのでお気持ちはわかります。


では、上の画像の左端の部分を拡大しましょう♪「↓矢印つき」でw

益田市から見島そして金島の風景-crops

これなら、おわかりですか?あきらかに小さな「島影、岩影」…ありますよね!?

「google MAP」正確には「google MAPの画像版」の力を借りて、この場所をみてみると…


ほんとうに小さいのですが…島があるのがわかります。岩でしょうか?(岩なら結構大きな部類に属しますが…)


「google MAP」では特に「島名」とうの記載はありません。


「ならば!」と思い。見島観光協会(萩市役所見島支所内)さんに電話してみました。


「ハイ、見島観光協会です」…見島の女性の方の声が聞こえました。


益田市朗:「おいそがしいところ本当にすいません。益田市のものですが…益田市の比礼振山(権現山)山頂から「見島」を撮影したところ…見島の港の近くに小さい島のようなものが写っているのですが…この島はなんというのでしょうか?」


見島観光協会の女性:「少しお待ち下さい…」


見島観光協会の男性:「お電話かわりました。」…男の方に代わりました。

「益田市から見えるとすると、見島の左側の小さい島のコトですか?」


益田市朗:「ハイそうです!!本当に小さい芥子粒のような島なのですが…名前とかあるんでしょうか?」


見島観光協会の男性:「ハイ!それは『カナシマ』といいます。」


益田市朗:「『カナシマ』?。それはどんな字で書くんですか?」


見島観光協会の男性:「お金の「金」に島です…」


益田市朗:「金に島ですか?」


見島観光協会の男性:「ハイそうです」


さすが!見島観光協会。即答していただきました♪


いや、本当にご親切な対応をいただき…本当に、本当にありがとうございました!!

というわけで、この島は「金島(カナシマ)」と呼ばれているそうです。


今回の投稿の締めとして…

益田市の比礼振山(権現山)から「見島」を撮影するとその左端にポツンと小さな「島影」…「金島(カナシマ)」が確認できることもある!!


という内容でした♪
【撮影日は2015年2月1日】

益田市の比礼振山(権現山)山頂から「見島」の風景

益田市の比礼振山(権現山)標高359mの山頂からは「見島」はどんな風景となるのか?

積年の思いがついにかないました♪

2015年2月1日、比礼振山(権現山)山頂から見島(山口県萩市)を確認することができました。

益田十景のひとつ「比礼振山から(の風景)」の魅力に新たなものが加わったっていってもいいんじゃないでしょうか?。

しかも、これまで、益田市内から「見島」を確認できた場所としては一番遠いところになります。
ちなみに、益田市の比礼振山(権現山)山頂から見島までは(Yahooの地図で確認したところ)直線距離で約70Kmあります。


にもかかわらず、これまでで一番よい画像。しかも見島の端から端まできちんと撮影することができました。


早速ですが、2015年2月1日、比礼振山(権現山)山頂から見えた見島の画像。
※使用したデジカメはNikon COOLPIX P600

益田市比礼振山(権現山)から見島の風景


「う~ん…ハッキリせんのう!?」という方もおられるでしょうから、

画像編集してみました。これ↓ならどうですか?

益田市比礼振山(権現山)から見島の風景s


益田市の市街地…高津の「ゆめタウン」の上に別の世界があるように見えませんか?


この日は運よく、既に、(比礼振山(権現山)中腹にある)益田市の佐毘売山神社(式内社)から「見島」の姿を確認できていましたので(見島が見えることは)ほぼ確信してはいましたが…
※参照⇒益田市の佐毘売山神社から見島(山口県萩市)が見える

こんなにもハッキリみえるのか♪と少し驚きましたw


この日の益田市の比礼振山(権現山)標高359mの山頂の様子です。

益田市比礼振山(権現山)山頂の風景


前日には雪が降ったようです。

最近の島根県はPM2.5等の影響で晴れていても見通しが悪い景色となる事が多いのですが、
前日(前夜)に雨や雪が降って、翌日晴れてくれると、今回のように比較的澄んだ風景が楽しめます。

つづく