益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

益田七尾山

益田市 住吉神社の神々「御祭神 四柱」を学ぶ

前回は益田市の住吉神社の歴史として、現在の益田七尾山に築造されるまでの経緯についてお伝えしました。
ご参照⇒益田市の住吉神社の歴史 御神徳記と益田市誌より

今回は、益田七尾山 住吉神社の「御祭神」…神様についてです。

住吉神社の御祭神…四柱

益田七尾山 住吉神社の「御神徳記」の「御祭神」の記述の部分を拝見させていただくと、住吉三神と息長足姫尊の四柱であることがわかります。

益田七尾山 住吉神社 御祭神

住吉三神(すみよしさんじん)

  • 底筒男命(そこつつのおのみこと)
  • 中筒男命(なかつつのおのみこと)
  • 表筒男命(うわつつのおのみこと)
そして、

  • 息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)

※「息長足姫尊」は住吉神社の総本宮の住吉大社(大阪府住吉区住吉)によると、「神功皇后(じんぐうこうごう)」の「本名」ということです。※「息長足姫尊」は「気長足姫尊」という表記もありますが、「住吉大社」のHP(ホームページ)でも「息長足姫尊」と記されています。

※ご参照:⇒住吉大社HP御本殿・ご祭神

神功皇后 様のお姿…「賢女八景 筑紫帰帆」

神功皇后 様のお姿は、江戸時代の浮世絵師「歌川国芳(一勇斎)」の「賢女八景 筑紫帰帆」にてえがかれておられます。
神功皇后 賢女八景 筑紫帰帆

住吉神社についてもう少し知りたいな?…と思ったら♪

住吉神社の神様についてもう少し知りたいと思った方は、住吉大社HPで学べます。ありがたいことに、とても分かりやすい言葉で綴られています。

※ご参照:住吉大社ホームページ内
⇒住吉大社によくある質問 住吉大社の由緒・伝統 
「住吉大社によくある質問 住吉大社の由緒・伝統」では以下のことなどについて学ぶことができます。


◆住吉大社の由緒・伝統
◆住吉大社はなぜ大阪に建てられたのか?
◆住吉大神様ははどのような神様?
◆神功皇后さまはどのような神様?
◆住吉の地名の由来(意味)について
◆住吉大社の巫女さんは、なぜ頭に飾りがついているのか?
◆お神楽とはどういうものですか?

等々、とても深い学びができます。

MAP・場所:住吉大社(大阪府大阪市住吉区住吉2丁目9)



編集後記…益田市から大阪へ

益田市の住吉神社からはじまり、大阪の「住吉大社」ではさらに深い学びを得ることができました。
大阪の「住吉大社」にも近いうちに参拝できればと思います。

益田市の住吉神社の歴史 御神徳記と益田市誌より

益田七尾山 住吉神社の歴史

益田市の住吉神社はいつごろ誰によって「この地(益田市の七尾山)」に建造されたのでしょうか?
拝殿そばにある「益田七尾山 住吉神社御神徳記」内の「御鎮座」の部分によると

住吉神社 御鎮座
(益田七尾山)住吉神社の御鎮座は益田越中守兼高 源頼朝に帰し 源義経に属して 一ノ谷 壇ノ浦の参戦において偉功を立て 石見の守護とな て第八十二代 後鳥羽天皇の御世 建久三年景勝の地当七尾山に築城と共に御鎮座…

とありました。

益田市誌(上巻)にもっと詳しい経緯が記されていた!!

益田市誌(上巻:昭和50年12月20日発行)にて、もっと詳しい経緯がわかりました。

藤原(御神本)国兼が初めて石見の国司として石見国へ赴任の際、海を航して下向したが、途中大時化に出遭い身の危険を感じた彼は、海神の住吉神社に航海の安全を祈った。無事着任することが出来たので、住吉ノ神の加護を感謝した国兼は、これを勧請して※上府の地に社を建造した。建久年間益田の地に転じた兼高は、七尾城の中腹にこれを移転して、城山鎮護の神とし、祖神国兼を祀る御神本神社を益田大谷、祇園神社を七尾場内に奉斎した。

出展:益田市誌 上巻(昭和50年12月20日発行)
P421 歴史篇 第5章 鎌倉時代 第9節 鎌倉期の社寺と文化 住吉神社 より

おおもとは「上府の地」で建造された

上記益田市誌からの引用文にあるように。(益田七尾山)住吉神社は、当初、藤原(御神本)国兼により「上府の地」で建造されたということです。
「上府の地」とは現在の浜田市上府町です。上府は「かみこう」とよみます。


その後、御神本国兼の曾孫にあたる益田兼高により、現在のこの地、益田七尾山に移転されたことがわかりました。


浜田市上府町(かみこう町)の場所はコチラ↓

MAP・場所:浜田市上府町(かみこう町)

編集後記…益田氏について
私は益田氏についてはあまり関心がなかったのですが、益田七尾山 住吉神社についていろいろと調べるうちに大変興味がわいてきました♪
今回は(本文では取り上げていませんが)、益田氏の祖先にあたる御神本国兼が現在の浜田市の上府(かみこう)に国司として赴任していた事がわかりました。さらに「御神本」という姓(私はかねてからこの「御神本」という姓に興味を持っていましたが)実は「地名」であったこともわかりました。

益田七尾山 住吉神社「本殿」を拝観(益田市七尾町)

前回は、益田市七尾町の住吉神社の「随身門」と「拝殿」をご案内しました。
※ご参照⇒益田七尾山 住吉神社の随身門と拝殿
今回は住吉神社の「本殿」をご案内いたします。

住吉神社の「本殿」:三間社流造 一間(唐風)向拝付き


「益田七尾山 住吉神社」の「本殿」は、拝殿の前を進み、朱色の連鳥居が施された石段を上がることで間近で拝見できます。
益田七尾山 住吉神社 本殿

全体的にとても雄大かつ精緻な造りの本殿です。(三間社流造ですが、前面に2本の柱で支える形で一間唐風屋根の向拝(階隠し)が伸びているのが印象的です。)

本殿の造り…匠の技の結集!! 出組(一手先)斗栱。大瓶柄さらに、蟇股、懸魚…


益田七尾山 住吉神社 本殿の構造的魅力
出組(一手先)斗栱(ときょう)で軒出しが深い…雄大さのための構造!!大瓶柄(たいへいづか)…なんと両側と手前3か所に、掛け獏木鼻が施されています!! 蟇股(かえるまた)の内部に精緻な彫刻。懸魚(げぎょ)…と、あげればきりがないです。
素晴らしい!!精緻で美しい匠の技の結集ですネ…ありがとうございます♪

ふと疑問?…「花菱の紋」

ふと疑問に思ったのが…本殿の屋根に見た「花菱」の紋
益田七尾山 住吉神社 花菱の紋

益田氏の神社なら「のぼり藤に久」か「丸に九枚笹」の「紋」であるはず… 例えば、益田市の式内社 櫛代賀姫神社の屋根には「のぼり藤に久」
 ※ご参照⇒石見 式内社 櫛代賀姫神社 を拝観 その2(益田市 久城町)
う~ん…何故なんだろう「花菱」の紋って何家なんだろう…?

現在の住吉神社の本殿と拝殿について

益田七尾山 住吉神社 御神徳記によると、
現在の御本殿 拝殿 参道は昭和49年 天皇 皇后両陛下金婚の御儀を記念し氏子崇敬者の尊いご協力御浄財により三ヶ年の歳月を要しご改築申し上げたものであります。
と記載されていました。
住吉神社 改築の記録

「益田七尾山 住吉神社」の本殿や拝殿は、改築前、そして建久3年(1192年…源頼朝が征夷大将軍に任官された年)の築造当初は一体どのようなお姿だったのか興味がわきます。

現在の「益田七尾山 住吉神社」本殿・拝殿ともに西北西を向いています。この地にて、この方向は益田市の市街地平野部とその先の広大な日本海を最も広く眺めることができます。
益田市 住吉神社の拝殿前からの市街地の風景

MAP・場所(航空画像):住吉神社

益田七尾山 住吉神社の随身門と拝殿(益田市七尾町)

益田十景:七尾城、住吉神社と自然散策道

益田市七尾町の住吉神社は「益田十景」の一つ。
住吉神社、七尾城(跡)と麓の七尾公園を含めた「七尾城、住吉神社と自然散策道」で体験できる景色・風景のセットで「益田十景」に取り入れられているようです。

益田 七尾山 住吉神社の随身門から拝殿へ

今回、企画した※特集:住吉神社…その1回目は住吉神社の「随身門」と「拝殿」、その周辺の風景です。

随身門

まずは、参道石段のゴールにあたる住吉神社の「随身門」です。

益田市 住吉神社の随身門

随身門…鮮やかな紅朱色が素敵です♪ 構造的には高床式なんですネ。

拝殿

住吉神社の拝殿。
益田市 住吉神社の拝殿

住吉神社への参拝は、なんと5年ぶり。これまで十数回は参拝しているのですが、今回の参拝では「住吉神社の「拝殿」って、とても大きい」と感じました。(これは5年という年月の中で、益田市内で大小、有名無名、様々な神社を拝見させていただいた経験値の蓄積によるものでしょう。)


拝殿から奥、かなり上方に住吉神社「本殿」の一部が拝見できます。

益田市 住吉神社の拝殿屋根の奥の本殿(一部)

益田市の住吉神社の由緒…益田七尾山住吉神社 御神徳記

益田七尾山 住吉神社 御神徳記と記載された看板がありました。
益田七尾山住吉神社神徳記

御祭神:底筒男命、中筒男命、表筒男命、息長足姫命(神功皇后)
益田七尾山住吉神社 御神徳記に関する詳しい内容については、あらためて投稿したいと思います。

絶景♪…住吉神社から益田市市街地の風景

膝の痛みをこらえ、頑張って、石段を上ってきたご褒美でしょうか?
益田市の市街地、そして日本海までの風景を眺めることができます♪
手水舎の枠内から撮影
益田市 住吉神社の手水舎からの市街地の風景

拝殿前のベンチから
益田市 住吉神社の拝殿前からの市街地の風景

MAP・場所:益田七尾山住吉神社(益田市七尾町4-71)


編集後記:5年ぶりの益田市の住吉神社で感じたこと
私は、益田市七尾町の住吉神社には、これまで10回以上、参拝しています。最近では約5年前の1月だったと思います。ここ数年、膝の調子が悪いせいか…「住吉神社の石段って、こんなに長く険しかったかのう?」と思うくらいキツかったです(汗)。益田市内の神社の参道石段の高低差に限って言えば、住吉神社は一番かもしれません。ただ、石段の中央部に「手すり」を施してくれているので、(石段を上るときも下るときも)利き手を使うことができ、本当にありがたかったです。

撮影日:2014年9月26日…この日の益田市は「晴れ」。今回は「住吉神社」について、諸所にて素直な感情が入った画像を撮ることができました。今後、折をみて投稿していきたいと思います。

『益田十景』については、
※ご参照⇒『益田十景』とは。益田市の「来て観ませんか」10の場所