益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

懸魚

益田七尾山 住吉神社「本殿」を拝観(益田市七尾町)

前回は、益田市七尾町の住吉神社の「随身門」と「拝殿」をご案内しました。
※ご参照⇒益田七尾山 住吉神社の随身門と拝殿
今回は住吉神社の「本殿」をご案内いたします。

住吉神社の「本殿」:三間社流造 一間(唐風)向拝付き


「益田七尾山 住吉神社」の「本殿」は、拝殿の前を進み、朱色の連鳥居が施された石段を上がることで間近で拝見できます。
益田七尾山 住吉神社 本殿

全体的にとても雄大かつ精緻な造りの本殿です。(三間社流造ですが、前面に2本の柱で支える形で一間唐風屋根の向拝(階隠し)が伸びているのが印象的です。)

本殿の造り…匠の技の結集!! 出組(一手先)斗栱。大瓶柄さらに、蟇股、懸魚…


益田七尾山 住吉神社 本殿の構造的魅力
出組(一手先)斗栱(ときょう)で軒出しが深い…雄大さのための構造!!大瓶柄(たいへいづか)…なんと両側と手前3か所に、掛け獏木鼻が施されています!! 蟇股(かえるまた)の内部に精緻な彫刻。懸魚(げぎょ)…と、あげればきりがないです。
素晴らしい!!精緻で美しい匠の技の結集ですネ…ありがとうございます♪

ふと疑問?…「花菱の紋」

ふと疑問に思ったのが…本殿の屋根に見た「花菱」の紋
益田七尾山 住吉神社 花菱の紋

益田氏の神社なら「のぼり藤に久」か「丸に九枚笹」の「紋」であるはず… 例えば、益田市の式内社 櫛代賀姫神社の屋根には「のぼり藤に久」
 ※ご参照⇒石見 式内社 櫛代賀姫神社 を拝観 その2(益田市 久城町)
う~ん…何故なんだろう「花菱」の紋って何家なんだろう…?

現在の住吉神社の本殿と拝殿について

益田七尾山 住吉神社 御神徳記によると、
現在の御本殿 拝殿 参道は昭和49年 天皇 皇后両陛下金婚の御儀を記念し氏子崇敬者の尊いご協力御浄財により三ヶ年の歳月を要しご改築申し上げたものであります。
と記載されていました。
住吉神社 改築の記録

「益田七尾山 住吉神社」の本殿や拝殿は、改築前、そして建久3年(1192年…源頼朝が征夷大将軍に任官された年)の築造当初は一体どのようなお姿だったのか興味がわきます。

現在の「益田七尾山 住吉神社」本殿・拝殿ともに西北西を向いています。この地にて、この方向は益田市の市街地平野部とその先の広大な日本海を最も広く眺めることができます。
益田市 住吉神社の拝殿前からの市街地の風景

MAP・場所(航空画像):住吉神社

益田市「櫛代賀姫神社(式内社)」の本殿、懸魚と狛犬

益田市の式内社「櫛代賀姫神社」4回目の投稿です。

櫛代賀姫神社の本殿(明和2年(1765)造修築)は、平成25年6月1日に国登録有形文化財(建造物)に登録されたことでも話題になりました。

本殿の外観等は、以前の投稿
>>櫛代賀姫神社 その1(益田市内の式内社を訪ねて)
の後半部分で取り上げています。

今回は、益田市の「櫛代賀姫神社」にて私が興味を持ったコト2点。
1つめは本殿の「懸魚」、もう一つは「狛犬」です。

まずは本殿の「懸魚(けぎょ)」
懸魚 櫛代賀姫神社 益田市

櫛代賀姫神社の本殿屋根の切妻部分には懸魚が3つ施されています。ちなみに破風の頂部にある懸魚は「拝懸魚(おがみけぎょ)」といいます。「拝懸魚(おがみけぎょ)」の斜め下方左右の懸魚は「降懸魚(くだりけぎょ)」といいます。

(因みに、2つの「降懸魚(くだりけぎょ)」は本殿の桁の木口を保護という役割があります。画像をよくみれば、ご理解できると思います。)

「拝懸魚(おがみけぎょ)」を拡大してみてみましょう。
猪の目懸魚 櫛代賀姫神社 益田市
ハート形にくりぬかれている部分(2か所)があります。(わかりますか?)
このような加工をされた懸魚は形状的に「猪目懸魚(いのめけぎょ)」と呼ばれます。

懸魚の目的は、風雨から守るために設置されています。そのため、風化も進みやすい物です。

益田市の「櫛代賀姫神社」は、海(日本海)のすぐ近くの小高い山(丘)の上にあるので、この懸魚には通常より風雨の負荷も厳しいことが考えられます。・・・そのためでしょうか?
※櫛代賀姫神社の懸魚には(通常ではみられない)左右に薄い板で(支持)補強が施されています。

懸魚について長くなりました。

最後にどうしても掲載したかった画像1点。

益田市の「櫛代賀姫神社」の本殿前の「狛犬」です。塀の隙間からの撮影です。
櫛代賀姫神社 本殿 懸魚 狛犬

「櫛代賀姫神社」の鳥居のそばにある狛犬には大きさを感じました。
本殿の狛犬には「守護」のパワー、凄みを強く感じることができます。