益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

大谷海岸

益田市の魚待鼻灯台の(ほぼ)真北に…あの島がある

益田市の灯台といえば、前回の投稿でご紹介した「高島灯台」と今回とりあげる「魚待鼻灯台(うおまちのはなとうだい)」

この画像は大浜港のそばの大谷海岸から撮影した「魚待鼻灯台」です。↓

魚待鼻灯台 益田市

「魚待鼻灯台」は、かなり特殊な位置にある!!


実は、「魚待鼻灯台(益田市)」の「ほぼ真北」に「竹島(島根県 隠岐の島町)」があるのです。
竹島と魚待鼻灯台の位置(東経)を調べたところ、

※竹島(島根県 隠岐の島町)
北緯37度14分30秒
東経131度52分00秒


※魚待鼻灯台(益田市)
北緯34度45分05秒
東経131度52分04秒

東経、僅か04秒の差です。


方位角による距離の計算をしたら、魚待鼻灯台~竹島までは約276.3kmでした。当然ですが…陸上からはお互い見えませんネ。

今回、益田市の「魚待鼻灯台」を撮影した場所
大谷海岸には太平洋戦争時のエピソードがあります。
>>益田市で漂流エピソード。日本海の対馬海流が10人の命を救ったお話

【編集後記】

この位置関係を発見したきっかけは、「高島灯台」の位置にありました。
当初は、「高島灯台」の真北に「竹島」…という話にしたかったのですが、「魚待鼻灯台」の方がより東経値が近かったので、こんな記事に仕上げました。

「高島灯台」の位置については、↓こちらの記事内に記載しています。
>>「謎の高島」のカナダ山と高島灯台(益田市 沖)

※なお、今回最初の画像でご紹介した「魚待鼻灯台(益田市)」の鼻のむこうには、
益田十景でもある「水仙の里(益田市鎌手地区)」がありますョ。

MAP・場所・航空写真:益田市の魚待鼻灯台


益田市で漂流エピソード。日本海の対馬海流が10人の命を救ったお話

時は昭和20年(1945年)舞台は益田市の鎌手地区にある大谷海岸。

終戦間近、昭和20年8月14日夜9時頃、高島付近を漂流していたアメリカ兵10人が地元大谷の漁船団に救助されたそうです。
益田市大谷海岸の奇跡


助けられたアメリカ兵はB29爆撃機の乗組員。同年8月8日に長崎県の壱岐島のあたりで墜落したということ。
益田市大谷海岸の奇跡のお話し

ちょっと、文章の部分を拡大してみましょう。

漂流アメリカ兵上陸地 益田市大谷海岸


なんとゴムボートで漂流6日間…対馬海流に乗り益田市沖まで流れついたというわけです


長崎県の沖になる壱岐(島)から益田市沖の高島まで、直線距離で約200キロメートル強。6日間ですから対馬海流にのって1日あたり30~40キロメートルをプカプカと益田市沖の高島まで。

下の画像は大谷海岸から見える高島(益田市)
益3891~1


まさに海流のおかげで命を救われた話です。


で、益田市の大谷はパニック状態になったとも。

しかも、翌日(昭和20年8月15日)正午には昭和天皇による玉音放送というタイミング、超デリケートな時期の出来事です。


でもさすが益田市の人々。多分漂流者アメリカ人10名への対応は「適切」だったのでしょう。なぜなら、
救助されたマーティン・ザップさんが60年たった平成17年の8月14日に、79歳のおからだでこの地、大谷を訪れたというではないですか(案内板参照)


そして、

「島根県益田市の人ニ救助サレテ ‘マーティン’ラッキー」と。(思ったことでしょう…多分)



MAP・場所:益田市マーティン エピソード看板


編集後記

益田市大谷海岸から

命を救われた彼ら米兵には当時の益田市の地に「まほろば」を感じたことでしょう♪(おっと!彼らアメリカ人だから「サンクチュアリ(sanctuary)」かな?)
画像:益田市大谷海岸から冬の益田市沿岸と夕日を撮影(撮影日:2009年1月6日)