益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

住吉神社

益田市の水源地 七尾公園の桜「2015」の風景 益田十景

本日(2015年4月2日)、益田市の水源地 七尾公園の桜を見に行きました。

時刻は午後1時過ぎ。平日にもかかわらず100人以上(駐車場は水源地、住吉神社も満車状態)の益田市民が満開状態の桜を楽しんでおられました。

益田市七尾公園 桜並木20150402


益田十景…七尾公園。満開の桜の中で、くつろぐ益田市民の方々

七尾公園桜20150402


住吉神社への石段がはじまる鳥居周辺の桜の風景。とてもリッチですネ。

益田市住吉神社鳥居と桜


※東側の空の青はいい色でした♪

2015年3月末ごろからいっきに開花したようです。
ちなみに、今年3月25日の益田市の水源地 七尾公園の様子がコチラ↓

益田市七尾公園20150325s


そして本日(2015年4月2日)の桜の様子です↓(ほぼ同じ地点から撮影です)

益田市七尾公園 桜20150402


わずか一週間程度でこの景色の変化…桜って凄いのう…

というわけで・・・

益田市の水源地 七尾公園の桜「2015」も、とても綺麗でしたよ♪


・・・で終わるのも、ちょっと…と思ったので、

益田市の水源地内の池の周りの画像を…

1つ目は、益田水源地の名物オブジェ…『進撃のエビス小僧

益田市水源地 エビス小僧s


進撃のエビス小僧』・・・ミカサがいうように「人間の比率で考えればあの魚(鯉?)を持ち上げられると思えないけど…」それを捕獲して嬉しそう、

でも、その喜びもつかの間、首や胴に巻きついた糸で?少し苦しそうにも見えます。

この糸、話題の「進撃の巨人」の調査兵団の仕業?…を意図したものか…益田市の水源地も、なかなかトレンディですね(笑)

2つ目は、水源地の事務所入り口両サイドの「樅(モミ)の木」

樅と桜と青空…元気でます!!

益田市水源地 樅と桜と青空とs20150402

本来、樅の葉色はもっと濃い緑ですが、花が咲いていたので、枝先あたりが黄緑色に輝いてみえます。(こちらも満開です♪)

益田市水源地 桜20150402


益田市の水源地 七尾公園の桜「2015」は今週の週末(4月5日、6日)がギリギリ…ラストチャンスかもしれません!?(雨が降れば、かなり厳しいかも!?)

益田市 住吉神社の神々「御祭神 四柱」を学ぶ

前回は益田市の住吉神社の歴史として、現在の益田七尾山に築造されるまでの経緯についてお伝えしました。
ご参照⇒益田市の住吉神社の歴史 御神徳記と益田市誌より

今回は、益田七尾山 住吉神社の「御祭神」…神様についてです。

住吉神社の御祭神…四柱

益田七尾山 住吉神社の「御神徳記」の「御祭神」の記述の部分を拝見させていただくと、住吉三神と息長足姫尊の四柱であることがわかります。

益田七尾山 住吉神社 御祭神

住吉三神(すみよしさんじん)

  • 底筒男命(そこつつのおのみこと)
  • 中筒男命(なかつつのおのみこと)
  • 表筒男命(うわつつのおのみこと)
そして、

  • 息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)

※「息長足姫尊」は住吉神社の総本宮の住吉大社(大阪府住吉区住吉)によると、「神功皇后(じんぐうこうごう)」の「本名」ということです。※「息長足姫尊」は「気長足姫尊」という表記もありますが、「住吉大社」のHP(ホームページ)でも「息長足姫尊」と記されています。

※ご参照:⇒住吉大社HP御本殿・ご祭神

神功皇后 様のお姿…「賢女八景 筑紫帰帆」

神功皇后 様のお姿は、江戸時代の浮世絵師「歌川国芳(一勇斎)」の「賢女八景 筑紫帰帆」にてえがかれておられます。
神功皇后 賢女八景 筑紫帰帆

住吉神社についてもう少し知りたいな?…と思ったら♪

住吉神社の神様についてもう少し知りたいと思った方は、住吉大社HPで学べます。ありがたいことに、とても分かりやすい言葉で綴られています。

※ご参照:住吉大社ホームページ内
⇒住吉大社によくある質問 住吉大社の由緒・伝統 
「住吉大社によくある質問 住吉大社の由緒・伝統」では以下のことなどについて学ぶことができます。


◆住吉大社の由緒・伝統
◆住吉大社はなぜ大阪に建てられたのか?
◆住吉大神様ははどのような神様?
◆神功皇后さまはどのような神様?
◆住吉の地名の由来(意味)について
◆住吉大社の巫女さんは、なぜ頭に飾りがついているのか?
◆お神楽とはどういうものですか?

等々、とても深い学びができます。

MAP・場所:住吉大社(大阪府大阪市住吉区住吉2丁目9)



編集後記…益田市から大阪へ

益田市の住吉神社からはじまり、大阪の「住吉大社」ではさらに深い学びを得ることができました。
大阪の「住吉大社」にも近いうちに参拝できればと思います。

益田市の住吉神社の歴史 御神徳記と益田市誌より

益田七尾山 住吉神社の歴史

益田市の住吉神社はいつごろ誰によって「この地(益田市の七尾山)」に建造されたのでしょうか?
拝殿そばにある「益田七尾山 住吉神社御神徳記」内の「御鎮座」の部分によると

住吉神社 御鎮座
(益田七尾山)住吉神社の御鎮座は益田越中守兼高 源頼朝に帰し 源義経に属して 一ノ谷 壇ノ浦の参戦において偉功を立て 石見の守護とな て第八十二代 後鳥羽天皇の御世 建久三年景勝の地当七尾山に築城と共に御鎮座…

とありました。

益田市誌(上巻)にもっと詳しい経緯が記されていた!!

益田市誌(上巻:昭和50年12月20日発行)にて、もっと詳しい経緯がわかりました。

藤原(御神本)国兼が初めて石見の国司として石見国へ赴任の際、海を航して下向したが、途中大時化に出遭い身の危険を感じた彼は、海神の住吉神社に航海の安全を祈った。無事着任することが出来たので、住吉ノ神の加護を感謝した国兼は、これを勧請して※上府の地に社を建造した。建久年間益田の地に転じた兼高は、七尾城の中腹にこれを移転して、城山鎮護の神とし、祖神国兼を祀る御神本神社を益田大谷、祇園神社を七尾場内に奉斎した。

出展:益田市誌 上巻(昭和50年12月20日発行)
P421 歴史篇 第5章 鎌倉時代 第9節 鎌倉期の社寺と文化 住吉神社 より

おおもとは「上府の地」で建造された

上記益田市誌からの引用文にあるように。(益田七尾山)住吉神社は、当初、藤原(御神本)国兼により「上府の地」で建造されたということです。
「上府の地」とは現在の浜田市上府町です。上府は「かみこう」とよみます。


その後、御神本国兼の曾孫にあたる益田兼高により、現在のこの地、益田七尾山に移転されたことがわかりました。


浜田市上府町(かみこう町)の場所はコチラ↓

MAP・場所:浜田市上府町(かみこう町)

編集後記…益田氏について
私は益田氏についてはあまり関心がなかったのですが、益田七尾山 住吉神社についていろいろと調べるうちに大変興味がわいてきました♪
今回は(本文では取り上げていませんが)、益田氏の祖先にあたる御神本国兼が現在の浜田市の上府(かみこう)に国司として赴任していた事がわかりました。さらに「御神本」という姓(私はかねてからこの「御神本」という姓に興味を持っていましたが)実は「地名」であったこともわかりました。

益田七尾山 住吉神社「本殿」を拝観(益田市七尾町)

前回は、益田市七尾町の住吉神社の「随身門」と「拝殿」をご案内しました。
※ご参照⇒益田七尾山 住吉神社の随身門と拝殿
今回は住吉神社の「本殿」をご案内いたします。

住吉神社の「本殿」:三間社流造 一間(唐風)向拝付き


「益田七尾山 住吉神社」の「本殿」は、拝殿の前を進み、朱色の連鳥居が施された石段を上がることで間近で拝見できます。
益田七尾山 住吉神社 本殿

全体的にとても雄大かつ精緻な造りの本殿です。(三間社流造ですが、前面に2本の柱で支える形で一間唐風屋根の向拝(階隠し)が伸びているのが印象的です。)

本殿の造り…匠の技の結集!! 出組(一手先)斗栱。大瓶柄さらに、蟇股、懸魚…


益田七尾山 住吉神社 本殿の構造的魅力
出組(一手先)斗栱(ときょう)で軒出しが深い…雄大さのための構造!!大瓶柄(たいへいづか)…なんと両側と手前3か所に、掛け獏木鼻が施されています!! 蟇股(かえるまた)の内部に精緻な彫刻。懸魚(げぎょ)…と、あげればきりがないです。
素晴らしい!!精緻で美しい匠の技の結集ですネ…ありがとうございます♪

ふと疑問?…「花菱の紋」

ふと疑問に思ったのが…本殿の屋根に見た「花菱」の紋
益田七尾山 住吉神社 花菱の紋

益田氏の神社なら「のぼり藤に久」か「丸に九枚笹」の「紋」であるはず… 例えば、益田市の式内社 櫛代賀姫神社の屋根には「のぼり藤に久」
 ※ご参照⇒石見 式内社 櫛代賀姫神社 を拝観 その2(益田市 久城町)
う~ん…何故なんだろう「花菱」の紋って何家なんだろう…?

現在の住吉神社の本殿と拝殿について

益田七尾山 住吉神社 御神徳記によると、
現在の御本殿 拝殿 参道は昭和49年 天皇 皇后両陛下金婚の御儀を記念し氏子崇敬者の尊いご協力御浄財により三ヶ年の歳月を要しご改築申し上げたものであります。
と記載されていました。
住吉神社 改築の記録

「益田七尾山 住吉神社」の本殿や拝殿は、改築前、そして建久3年(1192年…源頼朝が征夷大将軍に任官された年)の築造当初は一体どのようなお姿だったのか興味がわきます。

現在の「益田七尾山 住吉神社」本殿・拝殿ともに西北西を向いています。この地にて、この方向は益田市の市街地平野部とその先の広大な日本海を最も広く眺めることができます。
益田市 住吉神社の拝殿前からの市街地の風景

MAP・場所(航空画像):住吉神社

益田七尾山 住吉神社の随身門と拝殿(益田市七尾町)

益田十景:七尾城、住吉神社と自然散策道

益田市七尾町の住吉神社は「益田十景」の一つ。
住吉神社、七尾城(跡)と麓の七尾公園を含めた「七尾城、住吉神社と自然散策道」で体験できる景色・風景のセットで「益田十景」に取り入れられているようです。

益田 七尾山 住吉神社の随身門から拝殿へ

今回、企画した※特集:住吉神社…その1回目は住吉神社の「随身門」と「拝殿」、その周辺の風景です。

随身門

まずは、参道石段のゴールにあたる住吉神社の「随身門」です。

益田市 住吉神社の随身門

随身門…鮮やかな紅朱色が素敵です♪ 構造的には高床式なんですネ。

拝殿

住吉神社の拝殿。
益田市 住吉神社の拝殿

住吉神社への参拝は、なんと5年ぶり。これまで十数回は参拝しているのですが、今回の参拝では「住吉神社の「拝殿」って、とても大きい」と感じました。(これは5年という年月の中で、益田市内で大小、有名無名、様々な神社を拝見させていただいた経験値の蓄積によるものでしょう。)


拝殿から奥、かなり上方に住吉神社「本殿」の一部が拝見できます。

益田市 住吉神社の拝殿屋根の奥の本殿(一部)

益田市の住吉神社の由緒…益田七尾山住吉神社 御神徳記

益田七尾山 住吉神社 御神徳記と記載された看板がありました。
益田七尾山住吉神社神徳記

御祭神:底筒男命、中筒男命、表筒男命、息長足姫命(神功皇后)
益田七尾山住吉神社 御神徳記に関する詳しい内容については、あらためて投稿したいと思います。

絶景♪…住吉神社から益田市市街地の風景

膝の痛みをこらえ、頑張って、石段を上ってきたご褒美でしょうか?
益田市の市街地、そして日本海までの風景を眺めることができます♪
手水舎の枠内から撮影
益田市 住吉神社の手水舎からの市街地の風景

拝殿前のベンチから
益田市 住吉神社の拝殿前からの市街地の風景

MAP・場所:益田七尾山住吉神社(益田市七尾町4-71)


編集後記:5年ぶりの益田市の住吉神社で感じたこと
私は、益田市七尾町の住吉神社には、これまで10回以上、参拝しています。最近では約5年前の1月だったと思います。ここ数年、膝の調子が悪いせいか…「住吉神社の石段って、こんなに長く険しかったかのう?」と思うくらいキツかったです(汗)。益田市内の神社の参道石段の高低差に限って言えば、住吉神社は一番かもしれません。ただ、石段の中央部に「手すり」を施してくれているので、(石段を上るときも下るときも)利き手を使うことができ、本当にありがたかったです。

撮影日:2014年9月26日…この日の益田市は「晴れ」。今回は「住吉神社」について、諸所にて素直な感情が入った画像を撮ることができました。今後、折をみて投稿していきたいと思います。

『益田十景』については、
※ご参照⇒『益田十景』とは。益田市の「来て観ませんか」10の場所

益田市の水源地 七尾公園の桜「2014」 益田十景

2014年、今年の益田市の桜は格別に綺麗ですネ。
昨日(2014年4月2日)、夕方ではありましたが、益田市有数の桜スポット「益田市の水源地 七尾公園の桜」の様子をみてきました。

思った通り、満開でした。夕刻、午後五時近くなので、光が緩く、淡く黄色がかっています。でも、七尾公園の桜の「満開感」は伝わるのではないかと思い、画像、数点掲載いたします。

益田市の「水源地」はこの時期開放(開門)されていて、一般の益田市民でも(運が良ければ)駐車できます。運が良かったので車を停めて、そこから住吉神社の参道方面へ向けて、歩きながらの撮影です。


まずは「桜並木と七尾橋」

桜並木と七尾橋 益田市 七尾公園の桜


中央の朱塗りの橋が「七尾橋」です。


七尾橋を渡り、歩をすすめていくと、桜と整然と並んだ朱塗りの街灯(昭和チックに寄贈者の名前が記されています…レトロです♪)

益田市 七尾公園 桜と朱塗りの街灯


…暗くなって「灯」が施されたら、この頃の七尾公園と桜の光景は、さぞやロマンチックなことでしょう。

桜のボリューム感を意識した画像

益田市,七尾公園,桜の満開

かつての七尾城内堀の池と桜の風景です。


泡立つような桜の花々と歴史的背景…ココは…そう!益田十景
>>『益田十景』とは。益田市の「来て観ませんか」10ヵ所とは
の一つです。

七尾山、住吉神社と自然散策道 看板


以前投稿した益田十景の絵葉書集ではココは「住吉神社」と記載されていました。

そのため、絵葉書には「七尾公園」のこの池あたりの風景(季節は冬)…何をもってして「益田十景」としたいのか?よく分かりませんでした。

ですが、この看板には「~七尾山、住吉神社と自然散策道~」とありました。
うんうん、これなら「益田十景」の一つとして納得できますネ。特にこの季節。

益田市 七尾公園池 桜満開

地元の年配の方がおっしゃっておられましたが、ここ数日が益田市の七尾公園の桜…満開の絶頂(ピーク)だとのことですヨ。

「明日ありと思ふ心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは…」
MAP・場所:益田市七尾町水源地

『益田十景』 益田市で選ばれた10の風景 まとめ

『益田十景』とは

益田市には、『益田十景』と称する場所があるのですが、皆さんご存知ですか?

先日、たまたま『益田十景』を特定できる資料を自宅で見つけました♪
以下、『益田十景』を構成する10の場所です。(※リンク先には益田十景、各場所に関連するこのサイト内の記事・画像があります。)

1.人形峠からの日本海
  ┣「人形峠からの日本海」Ver.2014年5月1日  
  ┣二見海岸の謎と山陰本線(補※「人形峠からの日本海)
  ┣鑪崎「神代の肌hornfels」 (益田市 飯浦町) 
  ┗益田市の人形峠から比礼振山を見ると「あの山」が見える時もある
2.比礼振山から(権現山(比礼振山)からの全景)
  ┣比礼振山(権現山)よりスノーモンスター的樹木がある山の風景    
  ┣比礼振山(権現山)より高島(たかしま)の風景
  ┣比礼振山(権現山)より高島の大きな「椅子(腰掛岩)」の風景
  ┣比礼振山(権現山)より「鑪崎(たたらざき)」の風景 
  ┣比礼振山から益田市の今を俯瞰してみた  
  ┣比礼振山(権現山)山頂から「見島」の風景 
  ┗比礼振山(権現山)より「見島の左端の小さい島(金島)も確認」した風景
3.高津川
     ┣益田市の土木遺産 鉄筋コンクリートの橋「高角橋」(益田市 高津)
     ┗益田市の高津川と高角橋ごしに高津の柿本神社を眺めたら
4.蟠龍湖(公式表記は蟠竜湖)
  ┣益田十景「蟠竜湖(2014)」に春の予感
  ┗『蟠竜湖』の風景・植生の変化をみる
5.三里ヶ浜
  ┣益田十景「三里ヶ浜」観音岩にアノ鳥が
  ┣益田十景「三里ヶ浜」8月の晴れた日の風景
  ┣三里ヶ浜「観音岩」周辺の砂浜の変化(比較)  
  ┣益田市の観音岩の景観に「7羽の鵜がやって来た」風景 
  ┗「だるま夕日 山陰」風景画像コレクション(益田市三里ヶ浜)
6.水仙の里(鎌手のスイセンの里から見た高島)
  ┣「唐音水仙公園」の白い花(波の花)の風景(益田市鎌手地区)  
  ┣「唐音水仙公園(旧 水仙の里)」(益田市鎌手地区)の風景 2015年2月
  ┣「唐音水仙公園(旧 水仙の里)」を6年ぶりに訪ねた風景(2015年2月8日)
  ┗水仙の里(益田市鎌手地区)の魅力 撮影2009年2月
7.石見空港 風の丘公園(正しくは、石見空港 風の丘広場
(※風の丘「公園」となっていました。正しい名称は「風の丘広場」ですネ)
     ┗澄川 喜一氏のTO THE SKYを再観賞
8.住吉神社(七尾山、住吉神社と自然散策道)
     ┣益田市の水源地 七尾公園の桜「2014」
     ┣益田七尾山 住吉神社の拝殿と随身門
     ┣益田七尾山 住吉神社の「本殿」 
     ┗益田市 住吉神社の神々「御祭神 四柱」

9.万福寺・医光寺

10.小丸山古墳

出処:絵葉書集「来て観ませんか 益田十景」


益田十景の10ヵ所それぞれを知ることができたのは(自宅にて偶然見つかった)『来て観ませんか 益田十景』という絵葉書集からです。
益田十景 絵葉書

益田市観光協会と益田市内郵便局によって企画されたようです。
編集後記…「益田十景」について調べてみたくなった「きっかけ」

数年前、「『益田十景』とは、どこのことか?」と尋ねられ。「一つは、人形峠…「駕籠立」の看板に「益田十景の一つ」と書かれておった…があとは知らん。」と。…その時、「残りの9か所はどこなんだろう?」と思い、ネットで調べましたが『益田十景』を掲載したサイトはありませんでした。…私にとっては、『益田十景』は益田市の謎の一つだったわけです。