益田市の歴史・風景体験レビュー

益田市(島根県の西部)の資史料をもとに益田市の歴史・風景の魅力と課題をフィールドワークで体験レビュー。
 

万葉集

島根県立万葉公園の花ナウ「紫陽花(アジサイ)」2015年6月13日(益田市 高津)

島根県立万葉公園、6月に入って、どんな花が咲いているか?

今回は、簡単に発見できました…「紫陽花(アジサイ)」です。

紫陽花が咲く斜面 島根県立万葉公園(益田市)

場所は、万葉公園の正面入り口~管理センターのまでの斜面をはじめ、園内のいろいろな所で咲いています。

紫陽花 並木 島根県立万葉公園(益田市)


万葉公園では「青色系」の紫陽花が多いようです。

紫陽花 島根県立万葉公園(益田市)


益田市は先週末から、暑い日が続いています、本当は、雨露を蓄えた、瑞々しい紫陽花の画像にしたかったのですが、叶いませんでした。


※島根県立万葉公園の「紫陽花(あじさい)」は、例年では6月後半ぐらいまで楽しめるとのことです。

「紫陽花(アジサイ)」について…



紫陽花s 島根県立万葉公園(益田市)


「紫陽花(アジサイ)」について調べてみました。
・紫陽花(アジサイ)の学名は Hydrangea macrophylla…アジサイ科アジサイ属だそうです。

(ネットの事典サイトではユキノシタ科という表記もありますが、それは、植物の分類体系で「新エングラー体系」でのもので、(新しい)APG体系ではミズキ目アジサイ科となっています。)


・紫陽花(アジサイ)の原産地はナント!!…日本♪


紫陽花(アジサイ)の原産地は日本であることがわかりました。

ただ、原種の形状は、これまでの画像にみられるものではありません。、

日本原産の紫陽花、原種は「額紫陽花(ガクアジサイ)」とよばれるもの。


・「ガクアジサイ」とはどんな紫陽花か!?

益田市内で、知り合いの人のお庭に咲いていた「ガクアジサイ」系の花の画像です。
(原種ではないと思いますが…)

ガクアジサイ系


で、これが、わが家にある「ガク系紫陽花」↓

ガクアジサイ系ピンク


島根県立万葉公園にもこのガクを持つ紫陽花による群落があります。

紫陽花 がく系 島根県立万葉公園 益田市


花だけをアップで見ると

紫陽花 ガク系 2島根県立万葉公園 益田市

万葉公園のこの紫陽花、額部の装飾性が高く実にいいですネ♪

場所は、万葉公園の中央駐車場から南口へ下る道路の左側です。

ちなみにこの南口に抜ける道路にも紫陽花がたくさん咲いています。


万葉集で「紫陽花」を詠んだ歌



県立万葉公園に咲いている紫陽花ですから、当然「万葉集」関連の情報も加えておくことといたしませう♪


万葉集には紫陽花を詠んだ歌が二首あります。

まずは、


事不問 木尚味狭藍 諸<弟>等之 練乃村戸二 所詐来(4巻773)


題詞は「大伴宿祢家持従久邇京贈坂上大嬢歌五首」の第四首にあたります。

作者は大伴家持(おおとも の やかもち)です。
※この歌では紫陽花は「味狭藍」と記されています。


他の四首は、


①人眼多見 不相耳曽 情左倍 妹乎忘而 吾念莫國(4巻770)
②偽毛 似付而曽為流 打布裳 真吾妹兒 吾尓戀目八(4巻771)
③夢尓谷 将所見常吾者 保杼毛友 不相志思<者> 諾不所見<有>武(4巻772)
⑤百千遍 戀跡云友 諸<弟>等之 練乃言羽<者> 吾波不信(4巻774)


次に、

安治佐為能 夜敝佐久其等久 夜都与尓乎 伊麻世和我勢故 美都々思努波牟(20巻4448)


題詞は「十八日左大臣<宴>於兵部卿橘奈良麻呂朝臣之宅歌三首」の第一首にあたります。

作者は橘諸兄(たちばなのもろえ)です。

この歌では紫陽花は「安治佐為」と記されています。


続く二首は、


奈弖之故我 波奈等里母知弖 宇都良々々々 美麻久能富之伎 吉美尓母安流加母(20巻4449)
③和我勢故我 夜度奈弖之故 知良米也母 伊夜波都波奈尓 佐伎波麻須等母(20巻4450)


この二首には「奈弖之故」…撫子(なでしこ)が詠まれています♪


☆話しは紫陽花の品種の件にもどりますが…
紫陽花は土壌のpH(ピーエイチと読みます)によって花色が変化したり、品種…形状(デザイン)もかなりたくさんありますよね…

万葉の時代の大伴家持や橘諸兄が見た紫陽花は花はどんな色で、どんな形状(デザイン)だったのでしょうか?興味が湧きますネ♪

島根県立万葉公園の「人麻呂展望広場」を楽しむ(益田市高津)

益田市の高津にある「島根県立万葉公園」。
広大な公園で、総面積は48.4haといいいます。
(※面積は公園管理センターの方から教えてもらいました。)


「万葉」という名がつく公園なので、公園内にはいたるところに万葉集にある数々の古の歌がしるされた立札があります。

不思議なもんで、自分がよく知っている歌をみつけると、なんとなく親しみが持てるものです。
その歌がつくられた背景とか周辺知識がぶわっと頭の中に広がってくるんですネ♪


「島根県立万葉公園」には、テーマを持った「広場」がいくつかあります。
今回、注目したのは「人麻呂展望広場」…人麻呂に関連する35(首)の石の歌碑が集められています。

まずは、広大な「県立万葉公園」内での「人麻呂展望広場」の場所

人麻呂展望広場の場所 島根県立万葉公園 (益田市)


「人麻呂展望広場」の場所、上の案内板を部分拡大してみましょう。

人麻呂展望広場 拡大 島根県立万葉公園 (益田市)


「人麻呂展望広場」入り口はこんな感じ…

人麻呂展望広場 入口 島根県立万葉公園内


「人麻呂展望広場」とは!?

島根県立万葉公園の「人麻呂展望広場」とはいったいどんなコンセプトで造られたのでしょうか?
「人麻呂展望広場」にはこの広場だけを特集したガイドパンフレットがあります。

島根県立万葉公園 人麻呂展望広場 パンフレット


このパンフレット内にわかりやすい説明がありました。


人麻呂展望広場
 この広場には「歌聖・柿本人麻呂」が天武・持統朝時代(七世紀後半)に大和で宮廷歌人として詠った歌、人麻呂や地域にゆかりのある歌の中から三十五首を歌碑として配置しています。歌碑は島根県産の福光石の板に彫り込んでいます。広場は万葉集にちなんだ植物や石によって人麻呂の旅した山河や、石見の風景を表現しています。また広場からは石見の雄大な海をはじめ、万葉集に詠われた山々を望むことができます。

 万葉の花や美しい景色を楽しみながら、ゆったりと人麻呂の歌心にふれてみませんか。


    パンフレット:『島根県立万葉公園 人麻呂展望広場「柿本人麻呂の歌の世界にふれる庭」』より


「人麻呂展望広場」の構成について


人麻呂展望広場の構成 島根県立万葉公園 益田市t

パンフレット内のイラストをみると、「人麻呂展望広場」は「大和・旅の広場」と「石見の広場」の2つの広場で構成されていることがわかりました。


それぞれの広場にある「歌(歌碑)」は

・大和・旅の広場…人麻呂が宮廷歌人として大和で詠った歌、旅の途中で詠った歌
・石見の広場…人麻呂が石見で詠った歌をはじめ、島根にちなんだ万葉歌

という考え方で分類され集められているといいます。


私論「人麻呂展望広場」の楽しみ方

「人麻呂展望広場」は、歌碑を楽しみながらゆったりとすごす場所です。
万葉の時代をある程度もった人が数名で、一つ一つの歌碑を前にして、歌にかかわること…解釈からはじまり作者の事や時代背景について「語り合う(知識を交換する)」…なんて楽しみ方ができたら、それはそれは最高の時を過ごせると思いますぞ。


おまけ…「人麻呂展望広場」…豆知識

ここまで、読んでくれた方へのささやかな感謝の気持ちとして「人麻呂展望広場」豆知識。

歌碑は「福光石」でできている

ここの歌碑の素材は「福光石」…。(これはパンフレットを見なかったら知ることもなかったでしょう♪)


ちなみに、「福光石」は「ふくみついし」と読むそうです。島根県大田市温泉津町福光が産地とのこと。
また、世界遺産「石見銀山」の「五百羅漢」のすべての羅漢像、そして「五百羅漢」にある3つの石橋、ともに福光石でできているそうですよ♪


柿本朝臣人麿獻泊瀬部皇女忍坂部皇子歌


パンフレット:『島根県立万葉公園 人麻呂展望広場「柿本人麻呂の歌の世界にふれる庭」』で、この歌碑(三番歌碑)は、万葉集2巻194とあります。


島根県立万葉公園 人麻呂展望広場 歌碑三番 



題詞 柿本朝臣人麿獻泊瀬部皇女忍坂部皇子歌 ですネ♪

高津柿本神社2015年初詣と「柿本人麻呂」考と「万葉集」考

あけましておめでとうございます♪…なんて、「もう2015年1月6日だぞ!!」って怒られそうですが、
今年2015年の益田市の新年、元旦から4日まで大変厳しい気候でした。雨やらPM2.5やら…なかなか外に出られない環境でした。
(ちなみに雪なら徒歩でも高津柿本神社にお参りに行ったことでせう)

さて、1月5日に益田市は久々に明るくなりました。お日様が照らしてくれて気温も10℃以上。
「さすがに、今日は高津柿本神社にお参りに行かなければ…」と素直に決断できました。

おおっ、楼門に向かう参道石段からして雰囲気が違います!!(来てよかった~♪)
高津柿本神社2015年正月楼門

石段の両側には普段は見られない、藁縄と紙垂(しで)、楼門には私の好きなブルーの幕、そして画像右下には、ブルーの幕に近い色合いのジャンバーを着た方も…一生懸命、手すりをたよりに石段を進んでいきます。

益田市の高津にある「正一位柿本神社」…柿本人麿(柿本人麻呂)公をおまつりしております。

帰りに見つけた三椏(三枝)の若花 ※三枝はヤマユリ等、諸説あるようです)
三椏の若花2015年高津柿本神社にて

春去 先三枝 幸命在 後相 莫戀吾妹

柿本人麻呂歌集にある原文です。正直、万葉仮名なのか漢文なのか…あるいは(それら)折衷なのか…

漢文的に見たら「23324」…かといって「万葉仮名」的解釈なら、漢文にあるような、添え字はありえない。

(そもそも、原文(万葉仮名)こんな区切り方だったのか?)

とにかく、不思議な言語体系、古代と近世のダブルフィルターによって変化(へんげ)したのが今の「解釈」では?・・・そういう疑いがつきない今日この頃です♪

…かつての日本には、漢文と万葉仮名がごっちゃで存在した「時期」があったのでせう。(平仮名が発明されるまでは…)

(「懐風藻」なんかを(よろしければ)読んでみれば雰囲気わかりますよ。)

柿本人麻呂歌集というのは、(ぶっちゃけ)古の柿本人麻呂ファンの(今でいう)同人誌です。石見相聞歌も同じです。

柿本人麻呂(柿本人麿)のキャラ設定を「柿本人麻呂歌集」や「石見相聞歌」で見出してイメージした著書や戯曲は、古(いにしえ)のヒトマロ・ファンがつくりだした柿本人麻呂(柿本人麿)のイメージが元となるので、私は、違和感を感じます。…とはいえ、全く新しい「ヒトマロ」というキャラをつくるという試みならば、それはそれでOKかなぁと思います。

柿本人麻呂(柿本人麿)について、否、そもそも「万葉集」の解釈もいろいろできる…万華鏡?的な万葉集。

万葉集の解釈が有名な国文学者…権威(者)によってつくられたものを妄信することが原点であったという日本文学史上の歴史的誤謬を今一度修正してみたくなりました。

今年は万葉仮名について今まで以上に研究してみようと思っています。当然きちんとした文章でw…別サイトですw