益田市の高津地区にある全国的にも有名な『高津柿本神社』。

「本殿」は昭和57年(1982年)6月18日に島根県の有形文化財(建造物)に指定されています。

このたび、この高津柿本神社の古い画像を発見したので、投稿しておきます。
出拠は『高津町誌』(復刻版『高津町誌』)からです。「高津連理の松」の古い画像を探している際に、本誌にて偶然発見しました。(この画像は、昭和10年前後に撮影されたものと思われます。)

昭和10年前後撮影の高津 柿本神社の画像


本画像、手前(旧)拝殿の奥に見える建物が「島根県の有形文化財(建造物)指定」の『柿本神社 本殿』。
そして、この画像を手がかりにして、同じアングルの想定…というか、5~6m下がって、撮影した現在の当地の画像です。

高津柿本神社平成10年の拝殿新築後


「拝殿」のサイズがかなり大きくなっているのがわかります。
実は、益田市の高津柿本神社の「拝殿」は「平成10年(1998年)2月に新築」されたそうです。
新しくできた銅版葺の拝殿…つくりも凝っていて(特に屋根が)…見た目、豪華です。

しかしながら、「拝殿」前の広場からは「本殿の姿」は殆ど見る事ができない状態です。

実は、5年前、益田市に戻り、本当に久しぶりにこの神社を訪れた際、なんとなく違和感をありましたが、それが、何によるものなのかはその時はわかりませんでした。
今回、たまたま、昭和の時代の「拝殿」と、平成10年(1998年)2月に新築された「拝殿」を比較して、初めて「何が違和感を引き起こしたのか!?」がわかりました。

少し残念な気がします。

但し、この拝殿、建て替えで本殿が見えなくなったことで、新たな気付きもありました。
「この高津柿本神社の敷地…とにかく「狭い」という、地形的な制約条件の下で建てられている」という事です。

日本の多くの神社は表参道を進む、(石段を登る)と「正面」の姿を現わすのが一般的ですよね。

ところが、柿本神社の場合は、神社建物の側面に向かって、参道が配置されているのです。
参道の石段、途中、有名な「柿本神社の『楼門』」をくぐり、さらに登りつめた所、その終点で見上げると柿本神社の「拝殿の側面」が構えています。



益田市 高津柿本神社 参道の終点


ここから、画像左の最後の石段を登り、さらに、向かって左側に回り込むことにより柿本神社の正面の姿を拝むことができるのです。(石段右側の説明板「柿本神社本殿」の内容は、正面に見える「拝殿」について記載されたものと錯覚する観光客…きっと多いでしょうネ)

当地を訪れた方は記憶にあるかも(いえ、多分気付いていないでしょうが)、拝殿・神殿の敷地面積がかなり狭いため、拝殿周囲には神殿を拝見できる場所(ゆとり)が無いのです。

この「狭い敷地」という制約のゆえ、「本殿と拝殿の建物サイズの構成(バランス)」センス的な見方で、旧「拝殿」の方がサイズ的に「絶妙」に配慮され、優れていた、と感じられるのです。…(私はネ)