益田市の産業遺産ともいえそうな、美都町の都茂(つも)鉱山跡の探訪記

今回は、昭和時代の丸山坑の入口」付近までです。

県314道号線の都茂鉱山選鉱場が見える地点から、さらに1km強、上り坂の道路を進むと「手書きの道標」がありました。

都茂鉱山 丸山坑 道標


左の未舗装道路(車は進入できません)をいくと「丸山坑」入口だそうです。
(ちなみに匹見町方面の方向へ行くと「野々峠」となります。)


この道標の上方には…コンベア系の鉱山設備の残骸がありました。

都茂鉱山の丸山坑関連設備 残骸 益田市


上から見ると構造がわかります。三本の太いパイプ状のものが配置されています。どうやらベルトコンベアではないようですネ。

都茂鉱山設備の残骸 益田市


歩くこと数百メートル…これが「昭和時代の丸山坑の入口」です。

都茂鉱山 丸山坑 入口


昭和の全盛期のころは、銅と亜鉛の鉱石や、あの都茂鉱tsumoite:BiTe組成 (ビスマス原子とテルル原子の比が1:1の鉱物))が沢山採掘されたのでしょうネ。

倉庫らしき構築物の中には…奥には、巨大な(青色の)モートルの残骸がありました。

都茂鉱山 丸山抗関連施設 残骸 益田市


偶然ですが、都茂鉱山の当時の「岩石採取標識」を発見しました。(沢に向かって落ちていました)

都茂鉱山の「岩石採取標識」


手書きの標識ですね…事務所名からはじまり…採掘の方法:階段採掘法…業務管理者の名前、等々記載されています。

・都茂鉱(tsumoite)の発見
・全盛期を偲ばせる鉱山施設の残骸群
・手書きの道標や岩石採取標識

都茂鉱山跡には昭和時代の益田市の産業遺産・遺跡的なアイテムがゴロゴロありますネ。


【画像は2009年04月撮影】