前回の投稿に引き続き益田市の式内社の一つ
櫛代賀姫神社(益田市 久城町963)


今回は益田市の式内神社、櫛代賀姫神社の現在の様子と私が感じたことについてのレポートです。


★前回の投稿はコチラ
>>櫛代賀姫神社 その1(益田市内の式内社を訪ねて)

鳥居をくぐったところから撮影した、櫛代賀姫神社の正面の全体画像です。

櫛代賀姫神社 益田市


狛犬が左右に配置されています。どっしりとした大型の狛犬です。右側の狛犬(阿吽の「阿」の方)ですが、よく見ると口の中に石の「玉」が施されています。

狛犬 右 阿 櫛代賀姫神社 益田市


◆拝殿の内部の様子
櫛代賀姫神社の魅力なのですが拝殿の扉が開放されていているので、拝殿の内部の高貴で神聖な雰囲気…日本神道の伝統を生で感じることができます。

具体的に語りますと…まずは何と言っても、「神鏡」。そして、その背部の左右に「釣下げ型の金幣」等々…神祭具を拝見することができるのです。益田市の櫛代賀姫神社は、いつ訪れても、心、安寧…外気の寒暖関係なく、涼しげに感じることができ、落ち着けますヨ♪

神鏡に紙垂 櫛代賀姫神社 益田市


(「神鏡」に「紙垂(しで)」が映り込んでいますネ。)


ところで、拝殿の奥の上部に「のぼり藤に久」の家紋が並んでいるのがわかりますか?


◆「のぼり藤に久」の家紋

「のぼり藤に久」の家紋といえば、益田市の方なら、ご存じである人も多いと思いますが…
「益田氏」の家紋ですネ。

※宮司様からいただいた『石見式内 櫛代賀姫神社略記』によると…

殊に益田氏 七尾城入場後は崇敬厚く、人皇第百六代 正親町天皇(おおぎまちてんのう)の天正12年(1584)甲申 ※益田越中守全昌公 社殿を再建し社領12石を奉納せらる。

との記載がありました。

※益田越中守全昌公とは益田藤兼(ますだ ふじかね 益田氏第19代当主)公であり、益田藤兼は晩年は、所領の神社仏閣を再建し、手厚く保護した人物であったということです。(因みに益田藤兼の息子が益田元祥(ますだ もとなが)です。)

家紋「のぼり藤に久」は櫛代賀姫神社の様々な場所で見ることができます。

例えば、拝殿の鬼瓦部に…

上り藤に久の字 瓦 櫛代賀姫神社 益田市


また、本殿の銅葺き屋根ではこのような場所にも…

上り藤に久の字 櫛代賀姫神社 益田市