平成23年度にJSCE土木学会の「選奨土木遺産」に認定された「高角橋」

この橋は、土木学会の視点による評価には(私も土木業界にいたので)なるほど!!
と感銘を受ける内容です。
※ご参照>>益田市の土木遺産 鉄筋コンクリートの橋「高角橋」(益田市 高津)

今回は、タイトルにもしましたが、高角橋の計画段階でのエピソード。

高角橋


益田市の高角橋は当初計画は「 鉄筋コンクリートの橋」ではなかった!?…超トリビア的話題です。
(実は、高津柿本神社についてディープに調べていたら偶然発見しました)


昭和13年9月1日発行の『高津町誌』の最後の最後に、その記述がありました。

第二節都市計画及び高角橋(785ページ)

(ニ)高角橋
大正十年、工費四万一千圓を投じて改架せられたる高角橋は、木橋にして腐朽甚だしきにつき、昭和十一年七月之を撤去し、約七十米下流に假橋を設けられたが、近々十三万圓の工費を以って新式の鐵橋を架設せらることゝなった。竣工の暁には一大偉觀を呈するであろうことが想像せられる。 
昭和13年9月1日発行の『高津町誌』(786ページより)

昭和13年頃は高角橋は「新式の鐵橋」でつくられる予定であったようです。

この件につて『益田市誌』をたよりに、高角橋の架設の記録をみると。

昭和十四年十月から工事に着手し、十七年十月には二三万円の巨費を投じて、鉄筋コンクリート・ローゼ桁、延長一九五m、有効幅員五mの近代的な頑丈な橋が完成した。

益田市誌 下巻 昭和53年6月30日発行(424ページより)

いかがでしょうか?「鉄橋」であろうが「鉄筋コンクリート」であろうが堅牢な橋ができたという結果では、何の問題は無いのです。…が!!

『高津町誌』では、近々十三万圓の工費
『益田市誌』では、二三万円の巨費

当初予算13万円⇒23万円…約1.8倍の工事費。

…私的には戦時中、時代的に「鉄」不足、コンクリートの養生のための工費、追加があっても、それを「可」とした時代背景があるのでは?と考えています。(現時点での考察はまだ浅いと思いますが…投稿しました)